裏にはyes


 勇利がロシアに拠点を移してすぐにヴィクトルは引越しをした。 真っ白な壁に青い屋根の一軒家。
 ロシアのほとんどの人がアパートやマンションで暮らす中、珍しい一軒家はヴィクトルと勇利の帰る場所となった。
 一緒に暮らし始めて三年目の朝。
 シーズンオフに入り少し時間に余裕ができた頃だった。
 いつもより遅めの時間に起きて、伸びをしながらリビングに向かう。
 キッチンにはヴィクトルが立っていて、美味しそうないい匂いがリビングまでしてきた。
「おはよ…」
「おはよう勇利」
 寝ぼけた声で挨拶をすると、小さな笑いを含んだ返事が返ってくる。
 オフの日なのだからたまにはいいだろうと思いながら、服の上からお腹をさすり、そのままの格好で玄関に向かった。
「さむかっ」
 庭先に出て郵便物をポストから取り出したが、あまりの寒さに慌ててリビングへと戻る。
「またそんな格好で外に出て……」
「いや、すぐだし大丈夫だって」
 テーブルには温かいクロワッサンにソバと牛乳を煮て作られたカーシャ、クレープ生地にサワークリームがのったブリヌイが置かれている。
 ロシアに来ても朝が弱いのは変わらずだったので、ありがたいことに朝食はほぼヴィクトルが作ってくれている。
 持ってきた郵便物をヴィクトルに手渡し、勇利はテーブルについた。
「いただきます」
 手を合わせて朝食をとり始め少しすると、ヴィクトルは白い封筒を勇利の前に出してきた。
 自分宛の手紙でもあったのだろうかと、クロワッサンを口に銜えたまま首を傾げる。
「これは勇利にだね」
 封筒を受け取り表裏を見てみるが、差出人の名前は書かれていない。
「僕に?」
「そうだよ」
 何故そんなことが分かるのだろうか。 聞こうとしたがヴィクトルは朝食をとり始めてしまい、こちらに視線を向けてこない。
 聞いたところで望む答えも返ってこないだろうと、封を切り、中身を取り出した。
 中には便がたった一枚。 そこには覚えのある英字が書かれていた。
「ねぇ、ヴィクトル……思い出の写真をくださいって何?」
 これはどう見てもヴィクトルの字だ、何度も見てきたから分かる。
 勇利は空になった封筒をヴィクトルに向けて軽く投げ、どういうことか説明を求めた。
「そこに飾るものが欲しくてね」
 ヴィクトルの視線は、先日買ってきて飾ってあるコルクボードに向けられていた。
 気づけば家具が増えているということはこの三年間で多々あった。
 ベッドを買うときが一番揉めたわけだが、このコルクボードは揉めることもなく数日前に現れたものだ。
 どうやらここに写真を貼っていきたいという要望らしい。
「どんな写真が欲しいの?」
「んー…勇利が思い出だと思うものならなんでもいいよ」
 なんでもいいというのが一番困ることを知らないらしい。
 言い出したら聞かないのがヴィクトルなのだから仕方のないことだけれど。
「今日は昼までリンクだっけ?」
 勇利は食べ終わった食器を手に持ちキッチンへ向かう。
「そう、勇利は完全オフだろ?ゆっくりしなよ」
 ゆっくりしなよと言われるものの、どうせなら写真を選んで昼前にコルクボードに貼ってあげた方がいいだろう。
 帰ってきてコルクボードを見た時のヴィクトルの顔を想像して自然と笑みがこぼれた。


 ヴィクトルはコートを羽織り、勇利の頬に触れるだけのキスをして出かけて行く。
 最初の頃は恥ずかしかった行為も、三年も続いているので慣れてきてしまった。
 口にされるのはまだ恥ずかしいけれど、それはヴィクトルには内緒だ。
 自室に戻りスマホの中に入っている写真を見直すことにする。
「まずはこれかなぁ……」
 浴室での撮影は禁止なはずなのに、いつの間にこんな写真を撮られたのだろうと頭を抱える。
 しかも自分のスマホに写真データが残ってるという謎。
 最初に選んだのはヴィクトルと勇利が二人で温泉に入っている写真だ。

『勇利、今日から俺はお前のコーチになる』

 あの衝撃は一生忘れることなんてないだろう。
 グランプリファイナルで優勝はできなかったけれど、自分の人生を大きく変えるシーズンになったことは間違いない。
 ヴィクトルは驚かせる天才だと思う。 それは一緒に暮らしてる今でも変わらない。
 一緒に暮らし始めて三年という月日が経った今になって、思い出の写真を飾ろうなんて言い出すのが変わらぬ証拠だ。
「あーだめだめ」
 思い出に浸り始めたらあっという間に時間がきてしまう。
 昼前にはプリントしてコルクボードに貼っておきたいのだから時間がない。
「次は」
 これは、あの場にいた人間でしか見ることのできないものだ。
 二枚目に選んだのはヴィクトルがErosを滑っているスケートリンクでの写真。
 勇利のErosは大会で誰もが見ることができたわけだが、ヴィクトルのは違う。
 長谷津で滑った勇利たちだけの思い出だ。
「はぁ……やっぱカッコよか」
 思わず口に出て吐息が漏れる。 昔からヴィクトルのファンなのだから思わず出てしまうのは許して欲しい。
 ヴィクトルが一番カッコよく見える写真を選び、まじまじと見つめる。
 何度このスケートリンクで滑り、転んで、気持ちを作りあげてきただろう。
 勇利にとっての全てが詰まったような写真だ。
「もっかい滑ってくれないかな……」
 本人を前には絶対言わない言葉。 言ってしまえば軽くいいよなんて返ってきそうだからだ。
 見たいようで見たくない、次にヴィクトルのErosを見てしまったら本当に妊娠してしまうかもしれない。
「いや、無理だな」
 考えたことを忘れようと顔を左右に振り、次の写真を見始める。
 ランニングコースを必死に走っている勇利の写真があったりしたわけだが、この時の体型を考えてしまうとコルクボードに貼って残すなんて恐ろしいことはしたくないので、この写真はパス。
 何枚か確認してくうちに、動画と静止画の混ざった部分に突入した。
「これ……」
 今こうしてロシアにいるのもこの写真の人物のおかげと言っても間違いではないだろう。
 ヴィクトルがいない隙間時間を狙って教えてもらったユーリのサルコウ。
 ほとんどが動画で残っていたが、数枚静止画も残っていたのでそれをプリントすることにする。
 もしユーリが家に遊びにきて、コルクボードを見たらどんな顔をするだろう。
 想像してみると楽しくて勇利はクスクス笑いながら、ユーリが一番綺麗に見える写真を選ぶ。

「どうしたの?マッカチン」
 次の写真を選ぼうとした時、扉の外からカリカリと引っかく音がした。
 扉を開けてマッカチンを自室へと招く。
 エサはヴィクトルが与えていったはずだし、ただ構ってほしかっただけだろうか。
 マッカチンは部屋に入ると周りをぐるぐると回り、勇利の足元に大人しく伏せた。
「次はマッカチンの写真にしようか」
 その場に座り込み、マッカチンの背中を撫でながら写真を選ぶ作業に戻る。
 長谷津でヴィクトルと過ごした時間と同じぐらいマッカチンとも過ごしているので、写真の候補は沢山あった。
 どれにしようか悩んだ結果、実家の旅館が背景に写っている写真に決める。
 マッカチンを写真で見ると昔飼っていたヴィっちゃんに見えてきて、涙腺がゆるみそうになる。
 今でも思うのだ。 もしかしたらいなくなってしまったのは嘘で、実家の部屋で駆け回っているのではないかと。
 思い出を振り返るのは楽しいことばかりではない。
 悲しい気持ちになっていると、マッカチンが起き上がり勇利の手を舐めてきた。
「いたかないよ……あいがとね」
 頭や背中を撫でていくうちに安心したのか、マッカチンは再び伏せる体勢に戻る。
 こういう慰め方は飼い主にそっくりだ。 飼い主の場合は手を舐めるだけではすまないのが難点ではあるが。
 マッカチンをしばらく撫でて落ち着いてきたので、写真選びに戻る。
 次に選んだのは、カツ丼を美味しそうに食べているヴィクトルの写真。
 ダイエット中の勇利に付き合っていて運動やスケートをしていたとはいえ、あれだけ食べていて体型が変わらないヴィクトルは本当に謎であり神秘だ。
「本当に神様だったりして」
 こんなことを言うと、ヴィクトルからは勇利は東洋の神秘だなんて言われてしまうのだが、本当に神秘なのはヴィクトルの方だとしみじみ思う。
 ここまで選んできてヴィクトルだけ写っている写真が五枚中二枚もある。
 ヴィクトルファンなのだからどうか許して欲しい……とは思うのだが、このままだと怒られてしまうかもしれない。
 恥ずかしいけれど、次は自分の写真にしようと決めた。
 自分のスマホに自分だけが写っている写真なんて、自撮りでもしないかぎりないだろう。
 どうしようかと思いながら、何枚か見ていくうちに勇利だけが写っている写真を一枚見つけた。
 青い傘を差して微笑んでいる勇利を、アイスキャッスルはせつの入り口から撮った写真。
「いつの間にこんなの……」

 この時は確か、練習の途中で雨が降ってきた日だった。
 午後から雨がひどくなると天気予報で言っていたのを思い出し、スマホを置きっぱなしにして一度家に戻ったのを覚えている。
 傘を二つ持ってアイスキャッスルはせつに戻ってきたところ、ヴィクトルが勝手に写真を撮ったのだ。
 すぐに練習に戻ったので撮られたことなどすっかり忘れていた。
 夕方になり雨がひどくなってきたので、いつもヴィクトルが乗っていた自転車は置いて、この日は歩きで帰ることになる。
 ヴィクトルは勇利が傘を持ってきたことに喜んで、傘を差してくるくると回していた。

『もう帰るよ』
『勇利、何故傘を差すんだい?』

 いつまで経っても帰ろうとしないヴィクトルに声をかけ、自分も傘を差そうとして止められる。
 雨が降っていて傘があるのに、何故差すのかと言われるとは驚きしかない。
 何を言っているんだとビックリしている勇利の肩を掴みぐっと引き寄せて、気づけば相合傘。
 ヴィクトルに渡す傘だからと、できるだけ大きめの傘を選んだのがここで役に立ったわけだが、それでも二人で一つの傘は厳しいものがあった。

『ヴィクトル…濡れちゃうから』

 勇利を傘の中心におこうとするので、どうしてもヴィクトルの肩が傘からはみ出して濡れてしまう。
 自分も差すからと傘を出したが、その傘はヴィクトルに奪われてしまう。

『このまま帰ろう』

 微笑まれてしまったら次の言葉は出てこなかった。


「本当、僕ヴィクトルに弱いよなぁ」
 小さくため息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
 次の写真を選ぶ作業をしつつも、もう昼食の準備をしないといけない時間だ。
 勇利が立ち上がったのに気づいたマッカチンが起き上がり、キッチンの方へと先に向かいだす。
 その様子を見て、お腹空いてきたのかと小さく笑い勇利も後を追った。
 スマホで写真を確認しながら冷蔵庫の中身も確認。
「クロワッサン残ってるし、それとロールキャベツでいいかな」
 ロシアでは昼食がディナーとなる一番重い食事となるそうだが、がっつり作るには時間が足らない。
 その点はヴィクトルには我慢してもらおう。
 キャベツや玉ねぎを取り出して調理にとりかかる。
 スマホは隅に置いて、調理の合間にちらちらと見ることにした。
 少し行儀が悪いとは思うが、このまま料理に夢中になってしまうと昼前までに写真を選び終われない。
 材料を混ぜキャベツを茹でている間に次の写真を決めた。
 花火を持ってはしゃいでいるヴィクトルとユーリの写真だ。
 あっという間に夏が終わってしまったあの頃、今見ても夢の世界みたいだ。
 この花火の写真枚数は少なくて、選ぶのに時間はかからなかった。
 枚数が少ない原因は、勇利も一緒になってはしゃいでいたからである。
 とても綺麗なのにとても悲しくもなる、花火とは不思議なものだ。
 しっかりした練習が始まる前ぐらいの時期に、ここサンクトペテルブルクでも花火が見れるそうだ。
 確かそんな話をヴィクトルがしていたような気がする。
 色々なことを思い出しながら、勇利は調理を進めていく。
 茹でたキャベツから水気を拭き取り、混ぜた具を乗せ包み、楊枝で止めて鍋を用意。
 そのまま鍋に入れて煮込みながら次の写真を選んでいく。
 次は長谷津の海で撮ったヴィクトルと勇利が写る二人の写真。
 この砂浜には何度腰をおろしたか分からない。

『全部スケートで返すから』

 返せたのかな、返せているのかな……。
 今自分が持っている愛は、ヴィクトルに伝わったのだろうか。
 ぐつぐつと煮込んでいる鍋をぼーっと見つめる。
 考えていても答えは出てこない。 もう少ししたらヴィクトルが帰ってくる時間になるだろう。
 帰ってきて、勇利が考え込んでいる姿を見たら心配をさせてしまうかもしれない。
「やめよ」
 考えるのはやめる。 全てはスケートで示せばいい。
 何枚か選んできたが、コルクボードに貼り付けれる写真はあと一枚か二枚ぐらいだろうか。
 次に選んだ写真は、一つのマフラーをヴィクトルと勇利二人でつけている写真。
 これはヴィクトルが勇利のスマホを使って自撮りした時のものだ。
 傘を持ってきてくれたお礼だと言ってヴィクトルがプレゼントしてくれたマフラー。
 持ってきたといっても、結局のところ肩を濡らせてしまったのだけれど……。
 このマフラーは宝物として大事にしまってある。
 ヴィクトルが買ったものだからきっと高いものだろうと考えてふと思い出した。
 高いといえば、自分の右手に輝く金色の指輪。
 ちなみに分割払いは終わっていない。 買ったことに後悔はないが、請求を見る度にあの時のことを思い出してしまうのは勘弁願いたい。
 熱を持った顔を小さく左右に振り、食器棚から皿を取り出してくる。
 ロールキャベツを皿に盛り、クロワッサンを温めている間に自室に戻った。
 今まで選んだ写真のプリントをしてコルクボードに貼らなければならない。
 全部で九枚。 もう一枚追加しようと思っているが、それはヴィクトルが帰ってきてから撮ろうと思っているものなので、帰宅待ちだ。


「ただいまー」
 プリントが終わりコルクボードに貼り付けたちょうどいいタイミングでヴィクトルが帰宅。
「おかえり」
 コートを受け取り、ヴィクトルを昼食が置いてあるテーブルにつかせる。
 食事の邪魔をするのは申し訳ないのだが、少ししてから美味しそうに食事をとっているヴィクトルに右手を出すようにお願いをしてみた。
 ヴィクトルは、急にどうしたのかとクロワッサンを口に銜えたまま首を傾げ、テーブルの上に右手を出す。
 その手にそっと右手を重ねて二つの指輪が見えるような角度で素早くスマホで撮影。
 素早くしないとそのままではすまない気がしたので、さっと手を離しヴィクトルにはなにも言わずに自室に戻る。
 すぐにプリントをした。 指輪が光る右手を重ねた写真。
 それを持ってコルクボードに貼り付けにリビングへと戻る。
 ヴィクトルは昼食を食べ終わり、食器の片づけをしているところであった。
 予定をしていた写真は全てコルクボードに貼り付け終わり、食器の片づけを手伝おうとキッチンの方へ向く。
「勇利、さっきの何だっ……」
 片付けは先に終わらせてしまったようで、こちらに歩いてきたヴィクトルの視線にコルクボードが映った。
 コルクボードを見てから言葉も動きも止まってしまっている。
「ヴィクトル?」
 声をかけたが、ヴィクトルはコルクボードを見たまま声も出さずじっとしている。
 選んだ写真がまずかっただろうか少し不安になったのだが、その不安はすぐに消えた。
 思い出の写真を見たヴィクトルは、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。
 選んだ写真は間違っていなかったと思い、その表情を見てホッとする。
 同時に、もう一枚写真を追加することを決めた。

 スマホを持ってそっとヴィクトルの部屋に向かう。
 扉を開けて写真を撮り、プリントする為に自室に向かった。
 一緒に暮らすことになり家具を買うことになった時、一番揉めた原因となったベッド。 そのベッドを含むヴィクトルの部屋の写真。
 この写真をヴィクトルが見ている目の前でコルクボードに貼り付ける。
 色々思うことがあり部屋の写真を貼り付けたわけだが、驚いただろうかとヴィクトルを見てみる。
 すると予想外の表情を見ることができた。
 何か決意したような真剣な表情、先ほどの幸せそうな顔とはまた違った顔だ。
「勇利……散歩、行こう」
「え、あ…うん」


 散歩といってもどこに行くかはヴィクトルにお任せ状態だ。
 日本では暖かくなる時期でもサンクトペテルブルクではまだ寒い。
 コートを羽織り、片手はヴィクトルと手を繋いだまま近くの公園を抜けていく。
 かなりの距離を歩いただろうか、ヴィクトルはあの写真を見てから何も喋ってはくれない。
 何度も声をかけようとしたが、かけれる雰囲気ではなかったので勇利も黙ったまま。
 しばらく歩き、小さな教会が見えてくる。 こんなところがあったのかと中に入りぐるりと見渡した。
 散歩の時間も長引き、今は夕暮れ時、教会の中には誰もいない。
「勇利」
 名を呼ばれ振り返る。 教会に入った時に繋いでいた手は離してしまった為、二人の距離は少し離れていた。
 向き合い見つめる先にいるヴィクトルの表情はとても真剣で、こちらも緊張してしまう。
「何?」
 勇利の返事にヴィクトルは瞬きを三回。 声を出す為吸い込んだ息の音が聞こえてきた。


「俺と結婚してください」


 ヴィクトルの言葉が勇利の耳に残り続ける。
 風が吹き、少し開いていた教会の扉が静かに音を立て閉まった。
「……急にどうしたの?」
 あの写真で決意したのはこれだったのかと、心を落ち着かせる為に望む答えはすんなり出さない。
「急じゃないさ、ずっと考えていたことなんだ」
 思い出の写真をください。 そう手紙を出してきた今朝にはプロポーズすると決めていたのだろうか。
 きっかけは最後の写真のような気もしている。
「勇利……返事をくれないか」
 珍しくヴィクトルの声が震えている。 馬鹿だなと思う、答えなんて今更なのに……。
「ヴィクトルと、その……夫婦みたいなこともさ」
 返事をどうやって返そうと考え、恥ずかしくなり少し俯く。
 勇利が言葉を紡ぎ始め、ヴィクトルはゆっくりとこちらに歩いてきた。
「してもいいというか、したいというか……その意気込みは伝えたつもりだけど!?」
 顔を上げると距離をつめてきたヴィクトルの顔が目の前にあった。
 しっかりと顔を見る前にぎゅっと抱きしめられ耳元で囁かれる。
「伝えた?どうやって……」
「ヴィクトルは何を見てプロポーズなんてしようと決めたの……答えはそこだよ」
 顔を見たかったが、抱きしめた手を離してはくれなさそうだ。
 勇利は両手をヴィクトルの背にまわし、大きく深呼吸。 胸がヴィクトルの匂いでいっぱいになる。
 そんな中、ヴィクトルは数秒ほど固まっていた。
 おそらく思い出しているのだろう、プロポーズを今日しようと思った最初のきっかけ。
 思い出で埋まったら伝えようと考えて買ったコルクボード。
 お願いした思い出の写真、最後に追加で貼られた写真。
 追加で貼られたヴィクトルの部屋の写真は、あの頃の思い出の写真ではなく、暮らしている今現在の写真だ。

「ヴィクトル……帰ろう」
 勇利の声がヴィクトルの心にじんわりと沁みた。
「そうだね」
 たった数秒、止まっていた時間が動き出す。





 この意味に気づくのはいつだろう。
 勇利は幸せそうな笑みを浮かべた。 写真を見ていたヴィクトルと同じ表情。

 プリントしたヴィクトルの部屋の写真を裏返し、近くにあったペンで文字を書いた。
 コルクボードから剥がさないと見えない位置。



 それが僕の答えです。