その胸にда
一緒に暮らし始めて三年と二週間。 今はシーズンオフの真っ最中で、時間としてはゆったり過ごせる唯一の月でもある。 まどろむ朝、勝生勇利は眩しさに思わず隣へ手をぱたりと倒した。 先ほどまで隣にいた、あるはずの温もりに手が当たることはなく、新しい真っ白なシーツにゆっくりと落ちる。 シーツの冷たさに、温もりがだいぶ前にいなくなっていた事に気づき、ぐるりと体の向きを変えて目を開けた。 この眩しさは銀色の髪に朝日が反射してというわけではなく、新しいシーツに反射していたためのようだ。 いつの間にかシーツが新しくなっていることに、そんなに汚したのだろうかと考える。 ヴィクトル・ニキフォロフの部屋であり寝室でもあるここで、勇利が寝ていたのはキングサイズのベッド中央。 いつも隣で寝ているヴィクトルは先に起きてしまっていて、ベッドは独り占め状態だ。 起きるとベッドの中央を占領していることは多々ある。 寝相が悪かったからなのかと謝ったことがあるのだが、それはヴィクトルがやったことなのだという。 その通り、勇利がベッドの中央を占領しているのはヴィクトルが先に起きる日だけ。 「いっ……」 起き上がろうとした途中で思わず声が出た。 響く腰の痛みに勇利は再びシーツに沈む。 ごろごろとベッドを転がりながら体を見てみると、下着以外穿いていない裸状態。 太ももの内側を中心に、赤い花びらが散っているのが目立っていた。 「うわぁ……」 ため息混じりに声をだし、耳を赤く染めながら全身にも思わず熱が篭る。 大きく深呼吸をして熱を抑えながら、ゆっくりと起き上がり足元に落ちていた薄い毛布を手にとった。 着るものが寝室にはない為、毛布を肩からかけて体に巻くことにする。 リビングに向かう途中、洗濯機のある洗面所の前を通ると中から鼻歌が聞こえてきた。 この声の主は、先に起きてベッドからいなくなっていたヴィクトルだ。 「勇利〜」 そんなに足音を立てたつもりはないのだけれど、気配で気づいたのか鼻歌がぴたりと止まってかわりに名前を呼ばれる。 「上から三段目、右奥」 おそらく、軟水剤がどこにあるかという問いだろうと思い、扉の前で一声かけて再び足を進めた。 ロシアでは水が硬水のため、洗濯には不向き。 洗濯用に軟水剤を入れるのが定番となっている。 洗濯機の前で鼻歌を歌っているのだから洗濯をするのだろう、と勝手に思ったわけなのだが。 違っていたら……まぁよしとしよう。 のそのそと足を進めるうちに、お腹が空いてきたので目的地はリビングからキッチンへと変更。 起きてきてから温めようとしたのだろうか、既に予熱で温まっているオーブントースターの前に、クロワッサンが置いてあった。 「ねぇ、ヴィクトル」 洗面所にむかって名前を呼ぶ。 すると、入り口から右手が出てきてキラキラ光る指輪が見えた。 上下に揺れる指輪に温める許可が下りたのだと、クロワッサンをトースターに入れてスイッチをひねる。 ついでに紅茶も入れようと、ティーカップと小さな器を用意。 カップに濃いめの紅茶を半分ほど入れて、電気ケトルでお湯を沸かす。 日本では、濃さを調整したものをカップに入れて飲むのが定番だが、ロシアでは濃い紅茶にお湯を注いで好みに調整するらしい。 肩から毛布がズレ落ちそうになるのを抑えつつ、小さな器にジャムを入れてテーブルに置いた。 温まったクロワッサンをカゴに入れて、テーブル中央に置く頃にはヴィクトルが戻ってくる。 「その紅茶は何度見ても慣れないね」 ヴィクトルの前には、小さな器に入ったジャムを含めてのロシアンティー。 勇利の前には日本風のロシアンティーが置いてある。 ロシアンティーとは名ばかり、濃さは最初から調整して紅茶の中にジャムを入れてしまうという、まさに日本風だ。 こういう飲み方は他の国でもあるようなのだが、これを『ロシアンティー』と言ってしまうところが日本人らしいというかなんというか。 本場のロシアンティーを知っているロシア人からしたら、顔が真っ青になりそうな飲み方ではある。 「紅茶にジャムを入れるなんて行儀悪いよ」 「いいんだよ、僕が飲むんだし……ヴィクトルにはちゃんとしたの出したでしょ」 勇利の言葉に苦笑いをしたヴィクトルは、紅茶にお湯を注ぎ、スプーンでジャムを一口舐めて紅茶を堪能する。 久しぶりに二人揃ってのオフの日だ。 だらしがないのは承知の上で、今日の服装は下着に毛布。 ヴィクトルは部屋着にカーディガンを羽織っている。 日本の家屋に比べてロシアの家の中はとても暖かい。 そのかわり外は寒くて、とてもじゃないがこの格好で外には出られない。 実家である長谷津ですらしなかったこんな格好、恥ずかしいのでこの場所限定だ。 「魅力的な格好でのお誘いだけど、今夜はどうするの?」 朝食をすませて最初の一言。 ヴィクトルは食器を片付けながら勇利に声をかける。 「近場のスケートリンク、一時間なら貸切大丈夫だって」 ヴィクトルの言う今夜とはスケートの話であり、決してこの格好がどうという話ではない。 シーズンオフの中でも、何も予定が入っていない完全なオフの日が本日。 そんな日でも、二人にとってスケートは切り離せないものとなっている。 いつも使っているリンクに行けば、ヤコフコーチに休めと怒られてしまうが為に、今回は別のリンクに向かう。 貸切はオフが決まった時に予約済で、時間は夕食後ぐらいの予定だ。 着替えも準備も夕食の頃にすればいい。 食器の片付けはヴィクトルに任せ、勇利はリビングのソファに腰を下ろした。 ソファの前にあるテーブルの上には、スケートに関する物から映画や音楽に関する物まで色々な雑誌が数冊。 どれを読もうかと迷っている所に、覗き込んでくる影が入った。 「勇利……」 名前を呼び、ヴィクトルは目の前に手のひらサイズのケースをチラつかせる。 手に持っていたのはハンドクリームのクリームケース。 呼んだ返事を待つことなく横に座ったヴィクトルは、勇利の手から指輪を抜き取ったあと、クリームを馴染ませ始めた。 最初はじっと見つめていたけれど、淡く微笑むヴィクトルはクリームを馴染ませるのに夢中になっていてこちらを見ることはない。 綺麗な顔立ちに長いまつげ、これぞ美人だと思うのだけれど、そんなことを伝えてしまうと不貞腐れてしまうだろう。 カッコいいと言ってなんて喚くかもしれない。 そんなヴィクトルを想像して少し笑い、空いている手で雑誌を掴む。 「おかしい?」 「くすぐったいね」 笑った勇利を見てヴィクトルは声をかけ、それにまた答える。 クリームのほどよい冷たさと、ヴィクトルの温かい手の感触に、こそばゆさを感じていたのは事実だ。 おかしくて笑ったわけじゃないと誤魔化して片手で雑誌をめくる。 勇利の視線はヴィクトルから雑誌へと移り、会話はそこで一時中断となった。 雑誌が邪魔をしているので両手を包み込むのは難しく、片手ずつ丁寧にクリームを馴染ませていく。 両方の手どちらにも塗れて満足したのか、ヴィクトルはクリームケースを棚にしまう為に席を立った。 姿が見えなくなってから、勇利は自分の両手をじっと見つめる。 キラキラときらめく右手の薬指。 一度外された指輪は、席を立つ前にヴィクトルがはめていった。 先ほどまでヴィクトルが大事にかつ丁寧に触っていた自分の両手。 少しずるいなと思ってしまったことに自分自身驚いて、小さく首を横に振り視線を雑誌に戻した。 「勇利」 また名前を呼ばれる。 顔を上げると、戻ってきたヴィクトルが勇利の持つ雑誌を取り上げた。 「ちょ、ヴィクトル!」 これが読みたいんだというのか、代わりに違う雑誌を手の中に放り込んでくる。 放り込まれた雑誌は既に見終わったもので、読みたい雑誌はヴィクトルの手の中だ。 ヴィクトルは隣に座り、先ほど取り上げた雑誌を読んでいる。 先に読んでいたのは自分なのにと、少し睨んではみるものの、雑誌を返してはくれそうにない。 仕方ないと思い、雑誌のページをめくりかけたところで、ふとヴィクトルの癖が視界に入った。 昔よく見た、手を口元に当てるしぐさだ。 勇利は雑誌をテーブルに置いて立ち上がり、棚の引き出しからリップクリームを手にしてソファに戻る。 視界を遮らないように、横から人差し指でヴィクトルの唇に触れ、リップクリームを塗っていく。 何度か指を舐められはしたが、その度にもう片方の手で雑誌を揺らす反撃に出た。 なんとか無事に塗り終わり満足した勇利は、このタイミングで雑誌を取り返すことにする。 奪われた雑誌を見つめながらため息を吐いたヴィクトルは、ソファの上に投げ置かれたリップクリームを片付けに再び席を立った。 戻ってきたヴィクトルがソファに座ったタイミングで、いつの間にか足元にやってきたマッカチン。 撫でて欲しいと、こちらに視線を向けて鳴く姿は可愛いものだ。 マッカチンの頭を撫でてご機嫌をとっていると、その上からヴィクトルの手を撫でてくる手があった。 手の主である勇利は、体をヴィクトルの方へ向けて視線は雑誌に向いたまま。 空いている手でテレビをつけたヴィクトルは、その音をBGMにしながら勇利の手に触れ、指を絡ませ遊び始める。 人差し指を握り締めたり、中指と薬指を撫でたり、小指を絡ませ揺らしたりと色々だ。 対面で座った二人の絡み合う手は、両方とも右手。 時折、指輪が触れ合って、指元で鳴る金属音に自然と笑みがこぼれる。 その音の心地よさと、小さく響くテレビの音にうとうとしてきた二人は、雑誌をひざ掛けにして静かに落ちた。 先に起きたのは勇利。 絡み合った指をそっと外して席を立つ。 ヴィクトルを見てみると、片腕で顔を隠しながらまだ寝ているようだ。 明るさが目に入るのが嫌なのだろうか、寝るならば電気を消せばよかったと思ったのだが、どちらも寝落ちだったのだから仕方がない。 今からでも遅くないと、リビングの電気を消してテレビはそのまま音量だけを下げる。 時計を見ると、もうすぐ夕食の時間といってもいい時間帯。 夕食の準備もしなければいけないし、何より着替えを行わなければならない。 「お昼食べ損ねた……」 休みとはいえ、ゆっくりしすぎたのかもしれない。 雑誌を片付けて、音を立てないように自室へと戻る。 着替えついでに、夕食の準備のため腰から下のサロンエプロンを着用。 キッチンへ向かう前に、ソファで眠り姫となっているヴィクトルに先ほど纏っていた毛布をかけた。 起こさないよう静かに移動をして、冷蔵庫を確認する。 「んー」 思ったよりも食材が少なく、一種類ぐらいしか出来そうにない。 お昼を食べ損ねたどころか買い物に行き損ねたことも痛手となった。 とりあえず、できる範囲で作ってしまおうと冷蔵庫から食材を取り出す。 食べやすい大きさに牛肉を切り下味をつけ、今のうちにフライパンでバターを溶かす。 にんにくと薄切りにした玉ねぎ、マッシュルームを炒めて、その中に下味をつけた牛肉を入れた。 炒めるいい音と香りが充満してくる中、ヴィクトルよりも先に起きてきたマッカチンが足元でうろうろし始める。 「マッカチンのご飯は、ヴィクトルが起きてきてからね」 そう声をかけると理解したのだろうか、勇利の足元にぴたりとくっついたままマッカチンはその場で伏せた。 余所見をしていてはいけないと慌ててフライパンへ視線を向ける。 中身に火が通ったところで、小麦粉を加えて固まりができないように馴染ませ、赤ワインを少々。 トマト缶とケチャップなどの調味料を入れて煮込み、火は弱火へ。 これでご飯と一緒に出せれば、簡単なビーフストロガノフの完成だ。 それにサラダを付け加えてみるが、揃って昼食を逃したわりには少なめの夕食となる。 夕食をテーブルに並べる頃には、ヴィクトルが目覚めてソファから起き上がっていた。 「ヴィクトル」 「うん……勇利の匂いがする」 かけた毛布に顔を埋めたまま動かないヴィクトルの名前を呼ぶと、むくりと立ち上がってこちらに向かってくる。 「そうだね……っぷ」 テーブルに辿り着いたところで、勇利は吹き出して笑った。 寝起きのためか、ヴィクトルの髪はぼさぼさになっていてひどい格好だ。 世間には見せられないであろう、リビングレジェンドの寝起き姿。 「勇利ひどいーっ」 笑われたことに、泣くふりをしながら言葉を投げる。 その言葉を背中で受けながら、勇利はまたキッチンに向かい、オートミールと牛乳を取り出した。 「はいはい、寝起きにいきなりだと胃に悪いから……もうちょっと待って」 オートミールに牛乳を入れ砂糖を少々。 煮立てて、少ししたら弱火にすれば簡単なお粥の完成。 その間にヴィクトルは、ぼさぼさになっている髪を整えに洗面所に足早に向かっていた。 いつの間にかテレビの音量があげられていたが、しっかり見るわけでもなく部屋のBGMと化している。 少しのお粥と、サラダにビーフストロガノフ。 テーブルに置かれた夕食に、瞳をきらきらと輝かせながらヴィクトルは戻ってきた。 聞こえてくる音に指でリズムをとりながら、ご機嫌に食事をすすめていく。 会話を楽しみたいところではあるが、リンクに向かう時間を考えるとそうもいかない。 夕食は勇利が先に食べ終わり、いつも通り片付けはヴィクトルに任せることにする。 自室へと向かい、持っていく荷物とコートを手に準備を進めた。 「マッカチンお留守番よろしくね」 こちらをじっと見つめているマッカチンにエサを用意し撫でたあと、ヴィクトルにコートを着せてドタバタしながら家を出る。 近くの公園を抜けて、あの時の教会よりも少し手前の場所に予約していたスケートリンクはあった。 しっかりとした練習ではないので、服装は普段着のまま。 羽織ってきたコートはリンクの壁にかけてある。 ジャンプはしないコンパルソリーのみ、軽く滑ることだけが目的だ。 片足で滑り出し、その勢いのまま円を描いて元の場所へ。 足を替えて再び円を描くことの繰り返し。 「勇利……返事はまだ?」 「え?」 円を描き終わる寸前に声をかけられ、勇利の姿勢が少し崩れた。 「結婚、返事ちゃんとしてほしいなー」 姿勢が崩れた勇利に対して、崩した原因のヴィクトルは綺麗な円を描き続けている。 それに少しむっとした勇利は小さく頬を膨らませた。 「だから言ったってば」 あの日、教会から帰宅したあと、返事は貰ったものとしてヴィクトルは浮かれていた様子だった。 浮かれていた結果、肝心な裏側を見ることはなかったわけだ。 「直接聞いてない!」 「直接は言ってないからね」 頬の膨れは勇利からヴィクトルへと移る。 「今日珍しく洗濯してたね……いつも僕担当だけど」 このまま機嫌が悪くなっても困ると、話を逸らしてみたものの、内容が勇利にとっては悪かった。 「あぁ、シーツ汚れたから」 幸せそうに微笑むヴィクトルに近づいて、頬をペチペチと軽く叩く。 話題に出したのは間違いだったと思う。 俯いた勇利の耳は桃色に染まり、聞くんじゃなか……と思わず日本語が口から出ていた。 休憩を挟みつつ、終わりなき円を描き続ける。 「……素直に返事すると思った?」 先ほどの話題に再び触れる。 もう触れられない話題だと思っていたのか、ヴィクトルは驚いた表情を見せた。 「いや、してくれたら嬉しいけどね」 沈黙が続き、氷の削れる音だけが響く。 どれぐらいの時間が経っただろうか、ヴィクトルの方から滑る音が聞こえなくなった。 「勇利」 今日は沢山名前を呼ばれる日だと思いながら振り返ると、リンクの中央にたたずむヴィクトルが氷の反射から輝いて見えた。 眩しいぐらいの輝き……触れるには手が出しにくい、神秘ともいうべきだろうか。 勇利をじっと見つめているヴィクトルは、小さく深呼吸をして言葉を放つ。 「今シーズンで、引退しようかと思うんだけど」 氷を削る足元の音がやけに大きく聞こえ、勇利はその場で立ち尽くした。 「……うん」 重くなった口から出てきた言葉が一言。 年齢、体力、気持ちと色々なことがある。 フィギュアスケートの競技人生は短い。 まだまだいけるのではないかと思わせるところは、さすがだと思うわけだが。 それにしても、ヴィクトルは長すぎるぐらいだと思う。 ヴィクトルは勇利の傍まで足を進め、そっと頬に手を添えた。 「だから、連覇阻止してあげる」 その言葉に勇利は吹き出した。 やめてさ〜、なんて日本語にヴィクトルも笑う。 「僕もそこそこの年齢で引退したいから、連覇は譲らないよ」 ここで連覇を阻止されたら、五連覇までまたやり直しだ。 ヴィクトルのコーチ人生が延びるわけだから、それはそれでいいのかもしれないけれど。 でも、負けたくないので却下だ。 「ねぇ、ヴィクトル……」 「なんだい?」 そろそろ貸切時間も終わりに近づき、リンクから上がる手前。 ここでふと、あの教会での言葉を思い出した。 急ではなくずっと考えていたことだと言ったプロポーズの言葉。 思い出の写真を願ったのも、あのプロポーズも、今シーズンで引退を決めていたからだったのだろうか。 「ううん……帰ったら言うよ」 呼び止めたものの、言葉は続かずにリンクを出ることになった。 帰宅後、眠気に負けそうになりながら勇利はお風呂を沸かしに風呂場へと向かう。 向かった風呂場で勇利の視界は真っ白に染まっていた。 白いシーツが風呂場に干されたままになっている現実。 ベランダに洗濯物を干すことが難しいロシアでは、風呂場に干すことが多いのだ。 「うー……なんて面倒な」 勇利がシーツをたたむのに苦労している間、ヴィクトルはコートを腕にかけたまま、リビングで寝ているマッカチンを撫でていた。 マッカチンを起こさないように立ち上がると、たまたまコルクボードが視界に入る。 懐かしい写真が沢山貼ってあるコルクボードから、剥がれかけている写真を見つけてヴィクトルの視線は縫いつかれた。 その写真は、ヴィクトルの部屋が写っている。 あの時、勇利が最後に貼り付けた写真だ。 貼りつけ直す為、写真に触れた時にちらっと見えてしまった裏側。 「勇利ー!!」 突然の大声に、何だと風呂場から顔を出す勇利の両手はシーツで埋もれている。 ヴィクトルが手に持っていたのは、あの写真。 それを見て自然と笑みがこぼれた。 「ねぇ、ヴィクトル……結婚しない?」 リンク上で言おうとしていた言葉が、ここにきて勇利の口から流れ出す。 埋もれたシーツがまるでドレスだと言ったら怒られてしまうだろうか。 ヴィクトルはボードの下に置いてあったペンを持ち、写真の裏側に見えた文字の横にロシア語を書きなぐる。 大股で勇利の元へと向かい、写真の裏側を向け、胸に押し付けきつく抱きしめた。 二週間前にプロポーズをされて、二週間後にプロポーズをした。 少しシワの入った写真をコルクボードに貼り付け戻し、ソファに置き去りにしていた毛布を手にとる。 写っていたあの場所から聞こえてくる名前を呼ぶ声に少し苦笑いだ。 何度も、何度も聞いた柔らかでとろけるような声。 その声に答えながら、電気を消して足を運ぶは写真の場所。 テーブルランプも消されて暗闇の中。 月の明かりが銀色の髪を淡く照らしている。 敷かれたシーツが白色なのかすら分からないその場所で、ヴィクトルは言葉を紡ぐ。 「勇利」 紡がれた言葉に勇利は微笑み、ゆっくり右手を差し出した。 「ヴィクトル」 |