暇つぶし -1-


珍しいモノが天界へと上がってきたらしい。
退屈していた日々、この生活に飽きたと欠伸をしていた時に
丁度良いタイミングでこの噂が耳に入ってきた。
噂のモノを見に行くのは、暇つぶしにはいいかもしれない。
どうせ部屋に居て書類を見たり天使たちの話を聞いたり
神に呼び出されたりと繰り返す事は同じ事だ。
幸い、ルシフェルには他の天使にない力があった。
時間なら山ほどある、問題はない。
「どちらに行かれるのですか?」
部屋を出てすぐ、天使に話しかけられルシフェルは小さく微笑んだ。
「暇つぶし」


珍しいモノがいるという部屋の前までやってきた。
どうせ暇つぶしとして行くのならば、大天使としてではなく
ただのルシフェルとして楽しんでみたいと思い
羽を出すことなく、服装も白いローブから黒い服に着替えた。
ノックをするかどうか迷ったが、しない方が楽しそうだと
音を立てないようにそっと扉を開ける。
部屋の中を覗くと書類が積み上げられた机と資料がある本棚
そして真っ白なシーツが敷いてあるベッドが見えた。
どうやら部屋の主は出掛けていて留守のようだ。
「なんだ、つまらないな」
ちょっと楽しみにしていたのにと溜息を吐いた。
しかしここで部屋に戻るのは勿体無い
折角着替えたのだからと、誰も居ない部屋に入り扉を閉めた。

自分以外の部屋を見るのは結構好きだった。
部屋の主が一番過ごす場所なのだから、落ち着く空間になっている。
自分の部屋との違いを見つけるのも楽しかったりすると
ルシフェルは部屋の中をウロウロ見て周り始めた。
積まれていた書類、他の天使の部屋でも見るものだが
よくよく見てみると全て処理済で、あとは書類を届けるだけのものばかり
「几帳面……いや、一生懸命と言った方が正しいな」
書類を数枚持ったところで、扉を開く音が聞こえた。
扉の方に視線を向けると天界では見たことのない、淡い金髪。
こちらをじっと見つめてくる澄んだ瞳が見えた。
部屋の主からすれば、ルシフェルは自分の部屋に突然現れた怪しい人。
どう反応するだろうと様子を見ていたが動きもしなければ言葉も出てこない。
「……名前は?」
呼ぶのに名前が分からないと困ると、ルシフェルから問いをかけた。
「えと……貴方の名は?」
「あぁ、すまない、私の名前はルシ……ルシだ」
名を名乗ってしまうと、名も分からぬ彼の態度が変わるのではと
ルシフェルは、自分の名を途中で止めた。
「私は、イーノックと……ルシ、部屋に無断で入るのはどうかと」
イーノックと名乗った彼は、ハッキリとルシフェルにモノを言い
部屋に入って席に着いた。
ルシフェルの立場は、天界では神のすぐ側にある。
天使の誰もがこんなハッキリとモノを言ったりする事はない。
相手が大天使と気づいていないからの態度なのだろうが
新鮮な感じがしてルシフェルは自然と笑みが浮かぶ。
「すまなかった、イーノック……少しお邪魔してもいいだろうか」
改めて名を呼び、部屋にいる許可を取ろうとする。
「どうぞ、何もないところですが」
席に着き、書類の処理を始めたイーノックはルシフェルの方を見ることなく
好きにしたらいいという返事だけをした。
ルシフェルは持っていた書類を処理済の山に戻し
何事もなかったかのように仕事を続けるイーノックをじっと観察し始める。
羽ペンの動く音と、紙の擦れる音だけが部屋に響く。
イーノックもルシフェルも、声を出すことなくあっという間に時間は過ぎた。
書類が終わったのだろうか、イーノックはゆっくりと顔を上げる。
机を挟んで目の前にルシと名乗った彼が、じっとイーノックを見つめていた。
「そんなにじっと見ても何も変わらない、楽しいですか?」
長い時間、静かだった部屋に言葉が流れたのは、イーノックの一言。
「楽しいよ、敬語もなくなればもっと楽しい」
それに反応したルシフェルは、微笑みながら答えた。
暇つぶしと思いやってきたが、ただ見ているだけなのに何故か楽しい。
書類の処理を行い、考えている表情がころころ変わる様子は
ここ最近、天界では見る事のできないモノ。
ルシフェルにとって“楽しい”モノ
「ルシは何しに来たんですか」
「ん?」
呆れたのかイーノックは聞こえるぐらい大きく溜息を吐いた。
その後、ようやくと言っていいだろうかルシフェルが部屋に来た理由を聞いた。


「そうだね、暇つぶしだ」