雪消ノ時 -12-


戦いは続き、弁丸と約束した日から
既に2日が過ぎていた。
ようやく帰る事ができると兵は喜んでいたが…。
その中で、佐助だけは…

黙って出てきた事。
約束を破った事。
弁丸の普段の笑顔が、どうしても頭から離れず
帰る事に喜びはあるのに
何故か、帰りたくないとも思ってしまっている状態であった。

「佐助……」

いつもの元気はどこに消えたのか、元気のない
静かな弁丸の声が聞こえてきた。

「……弁丸様」

遠くの部屋から、帰還に喜ぶ声が聞こえてくる。
喜ばしい事なのに、それが今は耳障り。
佐助がよく弁丸を見ると、目が腫れていて
着物が、出掛ける前と一緒だという事に気付く。
しかも声まで枯れているという。

泣いたのか?
着物を着替える事もせずに
声が枯れるまで泣き続けたのか……

「なぁ、佐助…三途の川は……どうやったら行けるのだ?」

「何、言ってるんですか……」

枯れきった声で、弁丸は小さく言葉を放ち
その言葉に、佐助の声は震え掠れた。
何を言っているのかが、まったく分からない。
三途の川とはどういう意味なのだろうか?
そのまま意味を受け取るべきなのか
戦に出たわけでもないのにボロボロになっている弁丸に
ここの言葉を冗談だと笑えるわけもなく
かと言って、この言葉が冗談でなければ
一体、何なのだと……。

「あの子に会いに行きたい……」

あの子とは?誰の事…?
三途の川に行きたいと言うぐらいなのだから
『あの子』と呼ばれる人は、もうこの世にはいないのだろう。
母の事だろうか、いや……母なら、あの子とは呼ばないだろう。

「佐助は、仕事だから傍にいるのだろう?」

だから、あの子に会いに行きたいのだ。
子供らしからぬ言い方と、仕事だからという言葉に
佐助は目を見開き、その場で動けなくなった。
一瞬にして、頭を過ぎる忍びの長の言葉。

『死ぬも生きるも仕事として割り切るのは…』

仕事

長いのかと問われれば、武田軍に仕えてる時間は短い。
慣れたと問われれば、短い期間なのに何故か慣れたと答えよう。
果たして、佐助は……

仕事だと思って過ごしていただろうか?
お守りだとは思った。
けれど、毎日出掛ける茶屋
美味しそうに団子を食べる弁丸を見て、楽しそうに話す弁丸の話を聞いて
逃げる弁丸を追いかける兵士達を見つめ笑いながら過ごし
世話役の責任だと怒られつつも、まだ己も幼いからと
多くの兵士達に髪の毛を、くしゃくしゃっとかき回されるだけで
やめろよって言いながら、年齢に合った生活を佐助は楽しんでいた。

「弁丸さ…」

佐助の言葉は、弁丸がその場から駆け出し逃げた足音によって
綺麗にかき消されてしまい、弁丸に届く事はなかった。