雪消ノ時 -1-


「また消えてしまった……」
小さく呟いた言葉は、目の前に広がる庭に響いた。
「どうしたの?弁丸」
悲しい顔をして、縁側にかけて足をぶらぶらさせていた弁丸に
母である山手殿が声をかけた。
「消えてしまったでござるよ…」
淡く今にも泣きそうな表情を見せた弁丸は、必死に涙を堪えていた。

ついこの間まで、傍に居た猫が行方不明になった。
ずっとずっと大事にしてきたのに、ずっとずっと傍にいると
思っていたのに……。

猫は、死に際を見せないという。

「消えて…しまったでござる」

もう嫌だ。
昨日まで、一緒に話していた人が…
次の日の戦で消えていく。

ついこの間まで、傍に居た猫が…
次の日突然消えていく。

きっと、母上も消える…父上も消える…皆消える皆。

「いつか……」
「母上?」

山手殿が小さい声で呟いて、弁丸の頭を撫でた。
撫で始めた手は、頭から頬に移動し
弁丸はくすぐったく身を捩った。

「いつか…貴方の傍にずっとずっと居てくれる人が現れるわ」

山手殿は小さく笑みを浮かべ

それまでは、私が居ますよ……。

そう、弁丸に聞こえないぐらい小さな声で呟いた。



それから月日が経ち、山手殿は弁丸の前から消えた。
弁丸は、泣くことができなかった。

「あぁ……また……」



消えてしまった。



幼き心に、もう…涙というモノがなくなっていた。
ただ、消えてしまった事実だけが身に沁みている。
その沁みた中に、たった一つだけ分かった事があった。

消えたら、何も残らない。

物は残る、記憶も残る、けれど…。
その人の存在は、残らない……消えてしまったから。

『いつか…貴方の傍に……』

山手殿の言葉がふっと頭を過ぎる。

「母上……どうせ、消えてしまう……いるわけないでござるよ」


小さく声を出すけれど…

どんなに悲しくても、涙を流すことはできなかった。