小さな独り言
「一応、必要な物は全部用意したから」 大きな屋敷の一部屋。 ベッドの上で、眠り続けているアレンをチラリと見ながら 少年ジャンは、と話をして、部屋を出て行った。 机の上には、水と包帯に薬など……。 怪我人に必要な物はしっかりと用意されていた。 どうしたものか。 本当は、様子を見てさっさと去る予定だった。 回収なんて嘘だ、結果回収するハメになったが ただ、顔をもっと近くで見てみたかっただけなんだ。 生きている人間の為にAKUMAを破壊すると言うのではなく 亡くなった人間の為にAKUMAを救済すると言ったこの少年の アレンの顔を、もう少し近くで見たいと思って。 いや、正直な話、ティムキャンピーも近くで見たいと思ったのだが。 「あの……さん?」 「ん、起きたか……でいい」 さん付けを止めさせて、はくるっと振り向き、アレンを見た。 顔色が悪い。 それは、そうだろう。 浄化はできても、普通の傷は簡単には治らない。 「寝てろ、また倒れてジャンに泣かれたいか?」 起き上がろうとしていたアレンに対して、は冷たく言葉を投げかける。 面倒臭い生き物は嫌いだ。 イイ例が、俺そのものだから笑えてくる。 面倒臭い、鬱陶しい、そう思いながらやってきたトコロで こんな面倒事に巻き込まれてるんだ。 頭を絵にぶつけられるし、AKUMAなんてモノに襲われるし ま、可愛い子のスカートをめくれるのは役得かな 「は、エクソシスト?」 色々な事を考え黙り込んでいたに、アレンはそっと声をかけた。 冷たい言葉に身を怯ませたのだろうか、かけてきた声は小さかった。 は、その場から動き、窓の近くに足を進めた。 カーテンをぺらりとめくり、アレンに背を向けたまま声を出す。 「……あぁ、団服見て分かるだろ」 「何故、見てたんですか」 カーテンを、すっと閉めた。 くるっと振り返り、真剣な目をして見てくるアレンを見る。 「僕が、倒れた後に来るなんてタイミングが良すぎます」 だから、見ていたのでしょう? そう問われて、は小さく笑った。 猫の鼠を窺うよう。 シャム猫なアレンにはピッタリな言葉かもしれない。 「エクソシストが、必ずAKUMAを救済して 千年伯爵を倒すなんて……そんなの信じてるのか?」 クスクス笑いながら、アレンに言葉を投げかける。 その言葉を聞いて、アレンは目を見開き驚いている。 信じていたのだろうな、だからAKUMAを救済するのが仕事である エクソシストになったのだと墓地で言っていたような気がする。 「俺は、お前が嫌いだ……回収なんて嘘だよ 瞳だけは好きな色してたから、近くで見たかっただけなんだ」 の言葉に、言葉を発する気力もなくなったのか アレンの視線は、の方から変わり天井の方に向けられた。 「じゃあ、は何故エクソシストになったんですか」 アレンの言葉が、静かな部屋に響いた。 外から、ポツポツと雨音が聞こえてくる。 あぁ、やっぱり降ってきた。 カーテンに触れて外を見てた時に、降るだろうなって思ったんだ。 雨が降るのは、空が泣いているなんて言う人がいるけど 泣いてるのは空じゃなくて、きっとベッドで蹲ってるコイツだ。 『……お前は、“唯一”だ』 雨音が、やけに大きく感じる。 泣き声なんて、雨音ですぐにかき消される。 見た目は泣いてないんだ。 泣いてるのは、心だ。 初めてヘブラスカに会った時の会話が ふと頭を過ぎった。 『は、“ココの唯一”だ』 「泣くなよ、アレン」 「泣いてません……目、悪いんじゃないですか」 会話として成り立ったのは、この一言で最後だった。 もアレンも黙り込んだまま、時間は流れていく。 『ココとは、黒の教団であろうな……』 『いや、違う“ココ”だ』 初めて出会った妖しい者に、牙を向けるのが虎 爪を向けるのが猫。 でも、このシャム猫は、向けたくないんだろうな。 紳士ぶってるトコロを見る限りでは……。 洗面器にタオルを突っ込み持ち、部屋を出た。 少し廊下を歩いたトコロで、ジャンと会う。 「あのさっ……」 通り過ぎようとした所で、声をかけてきた。 は振り向き、ジャンを見つめる。 「アレンなら無事」 「違う」 言い終わる前に、ジャンの声が重なった。 様子を見れば、手をプルプルと震わせている 小動物みたいだ。 「なんで、もっと早く来てくれなかったんだ」 俯いたまま放たれた言葉は、床にぶつかり 少し小さな声となって、の耳に入ってきた。 「なんで……」 あぁ、なるほど。 ジャンは、アレンみたいに猫を被ってるわけでもない 純粋な子供なんだ。 だから、俺が戦闘を見ていたなんて思いもしない 見ていただけで、助けなかった、助けようとしなかった そんな事、考えもしないんだ。 ただ、来るのが遅かったと思ってくれるんだ。 「ゴメンな……」 片手で洗面器を抱え、もう片方の手でジャンの頭をくしゃりと撫でた。 こういう子供を見てると、俺の心は本当に 真っ黒なんだと実感する。 ゴメンな、助けなくて ゴメンな、間に合わなくて 酷い奴だと言われても仕方ないと思う。 でも、今の俺にはこれしか言えない。 アレンを傷つけておいて、今更かもしれないが……。 撫でた後に、とりあえずジャンの頬をぐにっと引っ張っておいた。 「イテテテ、イテーよ!!」 バシンッとの手を叩き、ジャンは痛みで涙目になりながら を睨み、その場を走り去った。 ポツンと一人になる。 聞こえるのは、やはり雨音だけ。 「俺、嫌いな奴には…酷い奴なんだよ」 呟いた言葉は、雨音に吸収された。 人間なんて、イイ事言いながら 最後は自分が大切なのだ。 綺麗事を敷き詰めれば敷き詰めるほど 己の足場がなくなっていく。 俺の嫌いなタイプは、そういう現実を知らないで ただ、綺麗事を言い続けるような奴。 面倒臭い事は嫌い 鬱陶しい事も嫌い イイ事言ってればどうにかなると思ってる奴が 一番嫌い。 助けるなんて言って、己の足場がなくなったら 助けようとした奴を己の足場にする奴なんて山ほど居る。 神田は現実を分かっているし、俺がそういう事を嫌いだとも分かってる。 俺と最初に組んで任務に行った時に よーく分かった…、見事に見捨てやがったからな。 ラビだってそうだ、現実を分かってる。 分かってるからこそ、きっと一線引いてるんだろうけれど。 リナリーは……分かってて、それでも 己の“世界”の為に戦うのだと言うだろう。 アレンはどちらだろうか……。 現実を分かっているのか、分かっていないのか 変に紳士すぎて、いや、さすがシャム猫だ。 猫被りしすぎて、まだ分からない。 今は分からないからこそ、俺の嫌いな部類に入る。 カツカツと足音を立てて、廊下を歩く。 考え事をして、立ち止まったって洗面器の中に水は溜まらない。 「嫌い、嫌いって……こんな醜い事考えてる俺が」 一番嫌いだ。 小さな独り言は、雨音にかき消された。 |