時の国


白いシャム猫を見つけた。
細くて美しく儚い、けれど爪は危険なほど鋭くて
手を出そうものならば、引っ掻かれてお仕舞いだ。
紳士な癖して、時に野性的で情熱にあふれてる
ちょっと可哀想だが、よく勘違いや間違いに巻き込まれて
まぁ、見事に“不幸のもとに生まれた”と言っても間違いではない猫。

猫は死ぬ時に姿を隠すと、よく言われている。
実際は、ただ本能に従って安全な場所に身を隠そうとしてるだけ
俺の飼っていた猫は、見事に姿を消した。
そこで俺は思ったんだ。
“俺の場所は安全じゃないと思ったんだな”と
そう考え始めたら止まらなかった。
何が止まらないって、酷いマイナス思考だ。
大好きだった、愛しすぎた。
だからこそ、それを考え始めたら悲しくて悔しくて
どうしようもなくなったんだ。
だから、俺は…猫を飼う事を止めた。
飼う資格がないと思った。
でも、綺麗なシャム猫を見つけたんだ。
コイツは、誰かに飼われる事なんてなくて自分で生きていけれる
ちゃんと見ていないと、どこかに消えてしまいそうなぐらい
儚い淡い奴だけど、でもコイツは……黙っていなくなったりしない。
コイツは……安全じゃないと思ったら身を隠すのではなくて

安全じゃないと思った場所を、安全にしようとするんだ。

白いシャム猫、額には紅いペンタクルがちょんっと描かれている
強く、儚く、綺麗な猫。




「白か…黒か…」
食堂で、食事目の前にうーんと悩んでいる人物が居た。
視線の先はリナリーと呼ばれる女の子。
悩んでる人物とは、俺……だ。
悩みすぎて、食事に手がつかない。
それは大問題だ、限りなくそれはもう限りなく大問題だ。
「前はピンクだった、やはり白か…いや、ここは大穴で黒か」
ブツブツ独り言を喋る俺の後ろで、ガチャリという音が聞こえた。
扉を開ける音に似たような音。
似たようなというわけだから、扉を開ける音ではない。
「やぁ、くん……キミは、今何を考えていたのかな」
後ろから声が聞こえた、その声の主はに向けて銃を構えている。
それなのに、は笑みを浮かべたまま声を出した。
「コムイ…酷いなぁ〜、俺はただリナリーの……」
言い終わる前に、ドンッと銃声が食堂に響いた。
驚くかと思えば周りの探索部隊は、いつもの事だと
気にせず食事を続けていて
銃声を聞いたリナリーだけが、こちらへ足を進めてやってきた。
「……ったく、何してるの兄さん」
呆れた声を出したリナリーは、両手を腰にあててコチラを睨んでくる。
「リナリィ〜〜!くんがね、くんが…」
「やっぱり白かッ」
リナリーに抱きつこうとしたコムイの動きがピタリと止まった。

白ってナンデスカ?なんてギリギリ音を立てながら
コムイがの方を向く。
しかし、先程まで隣に居たは、その場におらず
またギリギリと音を立てて、首を動かしてみれば
は、リナリーの後ろに居て、腰を屈めてペラっと
リナリーのスカートをめくっている所だった。

食堂に響いた、リナリーの叫び声。
その声を聞き、ドタバタと食堂にやってきたのが
額にヘアバンドを巻いた紅髪の青年。
窓から差し込んだ光に当たり、紅色が少しだけオレンジに光っていた。
「どうしたさ!」
「よっ!ラビ、どうしたって……俺の日課」
リナリーの横で立ち上がり、こっちにやってきたラビに
片手を挙げ、笑みを浮かべて挨拶をする。
隣でリナリーが顔を赤く染めて、こちらを睨んでいる。
更には、その隣でコムイが銃を捨て
次はドリルを準備して、に向けていた。
「日課って…これは立派な犯罪さ」
隣には、ドリルを持った人が目を光らせているし
反対側には、何も悪い事をしていないと言う仲間が居る。
正面には、顔を赤く染めた女の子が手をぷるぷる震わせている。
今現在、ラビの状況はこういう形になる。

くん……覚悟は、できてるんだろうね」
ラビの隣で、この世のモノとは思えないような声が聞こえてきた。
原因はのはずなのに、ラビが顔を真っ青にして
ブルブルと震えている。
コムイが、持っていたドリルのスイッチを入れて構え始めた。
「コムイ、お前…俺を殺す気か」
は一歩、一歩後ろにさがり、コムイは
一歩、一歩に近づいていく。
「大丈夫だよ、コレは…イノセンス修理用のだから」

死なないよ

コムイの目がキラリと光ったように見えた。
ドリルがに振り下ろされた、その時
は、すっとしゃがみ込み、膝を床に付けて
ぐっと足に力を入れ、膝で床をすべり、立っていたラビの足を掴む。
ドリルをかわし、足を掴んでいる手に力を入れ
ラビのバランスを崩した。
「うわっ…」
声を上げたラビは、見事コムイに向かって倒れたのだ。

「うわー……痛そう」
コムイとラビは、スイッチの入ったドリルと共に
床にキスをするハメになった。
その横で、立ち上がったのは原因であるはずの
パンパンと団服から埃を落とし、伸びをした後に
床にキスをしてる二人に対して、哀れみの視線を向けた。

お前がやったんだろ!と食堂に居る誰もがそう思うが
決して、それを口には出さなかった。

ココ、黒の教団の中で唯一団服が違う人間がである。
皆は見た目、重そうなコートを羽織っているが
だけは、科学班の製作した、新しい団服を身に纏っていた。
新しい団服が、戦闘や日常生活に使用できるかどうかのテストらしく
が合格と言えば、科学班の武器や道具、団服が
皆に支給される形が、現在のルールとなっている。

「もう、ったらいい加減にしてよね」
床にへばりついたまま泣いている二人を見つめながら
リナリーが呆れ顔でに声をかけてきた。
「あー、はいはい」
軽く流そうとしたが、リナリーに団服をつかまれた。
「返事は一回!」
「はいっ」

誰も口に出さない、けれど誰もが気にする。
に関わるのは、エクソシストと科学班ぐらいなもの。
パッと見れば、馬鹿ばかりやっている
関わりをもつ事は、しない方がいいと探索部隊はよく言う。

「ところで、…神田はどうしたの?姿、見えないけど」
「任務らしいよ、リナリー心配ばかりだな……」
はリナリーの頭を撫でて、食堂を去った。

長い廊下を歩く。

関わりを、できるだけ持たない事。
それは、探索部隊の多くが一番最初にに出会った時。
ある光景を目にした事から、出てきた言葉。
その光景を知らないのは、エクソシストと科学班のみだという。

「リナリーの“世界”は滅ばない……滅ぼさせないよ」

手の届かない、とても高い教団の天井を見上げ
は手を伸ばした。

リナリーの“世界”と
の“世界”に
白いシャム猫が入るのは、もう少しだけ後の事。





右も左も分からない、この時の国では生きている。
生きる道は、エクソシスト。



は、ココの唯一だと。

ヘブラスカが預言した事が、のエクソシストとしての始まり。

時の国の中、黒の教団で生きる事を決めた。

彼の唯一がココであり、またココの唯一が彼だというのだから。