プロローグ
ざわめきの中を、ただひたすら足を進めていく。 もうすぐ夕暮れ時、街中は仕事帰りの帰宅ラッシュに包まれて排気ガスと人の声で埋まっている。 鬱陶しい。それが正直な思いだ。 金髪に内側下の髪が黒色という少し特殊な髪色をした青年、は沢山の人を避けながら混み合っている道を通っていた。 本来ならば家のソファーに身を任せて、紅茶の一杯や十杯でも飲んでいるはずなのに悲しきかな理想と現実は違う。 「あー、面倒臭せー……」 ぼそりと呟いた一言は綺麗にざわめきの中へと消えていった。 しばらく歩き表通りを抜けて路地に入る。 レンガ積みされた壁の道を通り抜けて、見えてきた小さな階段をトントンと音を鳴らしながら降りていった。 更に先へ進むと、路地から広く開けた場所へと出る。 その場所には、そびえ立つという言葉が合うのではないかと思われるほど大きな屋敷が一軒建っていた。 この屋敷を友人の家だと思えば、豪華すぎるのではないかと感じるのだが実際のところは住家ではなく、友人が運営をしている美術館だ。 この美術館は既に閉館をしており、現在は中に飾ってある絵画の移動が行われているだけの状態。 本日、鬱陶しい思いを感じながらもわざわざやって来た理由は絵画の移動の手伝いに呼ばれた為だ。 屋敷正面の大きな木製扉に堂々と足をかけ、蹴り飛ばして扉を開ける。 「おーい、ゴミ捨て手伝いに来てやったぞー」 「……ゴミじゃない、ってか蹴るな」 扉から少し離れた奥の方で、この屋敷の主である友人が大きな溜息を吐いて言葉を零した。 面倒な事が嫌いなのに、わざわざ興味のない片付けの手伝いに来た時点で褒めてもらいたいものだ。 絵画がどれだけ貴重な物なのか知っていようとも、興味のない物で尚且つ片付ける物であるというのであれば、にとってそれはゴミと変わりない。 「移動っつっても、もう残ってる絵は捨てるんだろ?」 床に敷かれた真っ赤な絨毯の上を歩きながら友人の居る奥へと進む。 周りを見ると半分以上の絵が既に運び出されており、残っている物は少なそうだ。 「ったく言い方が酷い、お前悪魔みたいな奴だな」 「悪魔で結構!」 呆れた声を出した友人に対しにんまりとする。 すぐに金属音が弾かれるような音がして、何の音だと上を見上げた。 どうやら友人が鍵をこちらに向かって投げた音のようで、は片手でしっかりと受け取る。 『名前に丁度イイAKUMAがいますネ』 鍵を受け取った時、天井の方から不思議な声が聞こえてきた。 友人の声ではない独特な声だ。 「お前、何か言った?」 「何か?……あ、その鍵はもうちょい奥の部屋だからよろしく」 この屋敷内にはと友人の二人しか居ない。 二人以外の声が聞こえてくる事は絶対ないはずだ。 「疲れてんのかなぁ〜……」 声が聞こえてきたのは気のせいだという事にして、頭を軽く左右に振ってみた。 友人は奥の部屋に飾ってある絵画の片付けを任せたと言い、さっさと別の部屋に行ってしまう。 任せたと言った以上、そこの片付けが完全に終わるまで帰してくれないのが友人だ。 部屋の前に立ち、受け取った鍵を使って扉を開ける。 『名前に丁度イイ……』 先程聞こえてきた独特の声が、また耳に入り込んでくる。 振り返ってみるものの、誰も居ない。 「やっぱり疲れてるのか、俺……」 小さく溜息を吐きながら、部屋の中心まで歩いて足を止めた。 色々な大きさの絵画が飾られている中で目に付いたのが一つ。 自分の体の何倍もある大きな絵画が、部屋の中心に飾られている。 大きさといい、中心に飾られている事といい、この部屋で一番見てもらいたい絵画はこれなのだろうと思いながら、まじまじと見つめてみた。 不思議な物体が沢山、それと十字架を背負った人の集団が描かれている。 これは戦っているのだろうか、それともただ並べて描かれているだけなのだろうか。 この絵には沢山の人が描かれているのにも関わらず、誰一人……顔が描かれていなかった。 前髪で隠れていたりフードを深く被っていたり、逆光の位置にいる人もいて、顔を近づけて絵画を見てみるものの、絵画の中の人物の顔は誰一人として確認できない。 「何だコレ……?」 指でなぞった絵画の部分は、十字架を背負った人の集団とは逆に位置する不思議な物体の部分。 全体的に丸く描かれている物が多く、その物体からは銃口のようなものが沢山出ていた。 そしてその不思議な物体の周りには大量の光が差し込んでいるように描かれている。 「逆じゃないのか?」 この絵画の意味は理解出来ないが、普通に考えて光が差し込むのは十字架がある方ではないのだろうか。 考えても分からない事なのだが、この絵画が気になってしまいなかなか片付けを始める事ができないでいる。 「AKUMAがいますネ」 「ア、クマ……?」 先程から聞こえていた独特の声が、今度はハッキリと聞こえてきた。 もう一度振り向いてみるが、やはりそこには誰も居ない。 何かが起こっていると胸騒ぎがした。 友人以外の誰かがココに居る、居るからこそ声が聞こえるのだと思うのだけれども、声の主がどの場所から声を発していて誰なのかが分からない。 体が震えだして、両手で自分の腕をぎゅっと掴んだ。 『久し振りですネ』 今度はハッキリとではなく、濁ったような声に変わる。 否、声が濁ったのではない少し遠くに離れたというのが正解だ。 『アレだけ我輩を苦しめたのに、もう忘れてしまったのですカ?』 更に声は遠くに離れていく。 「……紀元前10世紀ではお世話になりまシタ」 離れた声は一瞬にして近くに戻ってきてハッキリと聞こえてきた。 名前を呼ばれて身動きが取れなくなったように固まってしまう。 どうしたらいいのか分からないでいると、部屋の扉の方から大きな音がした。 何の音だと思い、なんとか首だけ捻り後ろを見てみる。 視界に入ったのは目を見開き此方を見ている友人の姿。 友人は絵画を床に落としてしまった状態のまま、じっと此方を見ている。 「貴様……何故、こっちの世界に」 「おや、王様もと共にいたのですネ」 捻っていた首を戻してすぐ、目の前にシルクハットを被った魔導師のような格好をした者が現れた。 紀元前とは何の話だろう、友人を見て王様とは何の冗談だ。 何故、俺の名前を知っているのか……。 分からない事ばかりだけれど、目の前に現れた奴と友人の会話は続いていく。 「何の用だ、千年伯爵」 「そうですネ〜、名前に……丁度イイAKUMAを見つけたんですヨ」 千年伯爵と呼ばれた魔導師は、視線を友人からの方へと変えてきた。 ニヤリと笑みを浮かべたと思った瞬間に千年伯爵は目の前から消える。 「いっ……」 口から漏れた微かな母音をかき消すような鈍い音が頭に響いた。 「、我輩の世界で報復を受けてもらおうじゃありませんカ」 千年伯爵にいきなり頭を鷲掴みされ、部屋の中心に飾られている絵にぶつけられる。 髪は引っ張られるし、頭はかなり強く掴まれているうえに、絵にぶつけられて痛くないわけがない。 一体俺が何をしたというのか。 糞垂れめと口悪く罵りたかったのだが、その言葉が出る前に体の異変に気づく。 ぶつかった絵の中に、体が半分以上入り込んでいっているのだ。 「っ…」 友人が叫ぶ声が聞こえた。 此方に手を伸ばしてくる様子が見えたが、体は絵に吸い込まれてしまい友人の手は届かない。 ハッキリと聞こえていた声が遠ざかり、濁ったような声に変わっていく。 聞こえてくる千年伯爵の言葉。 しかし、その言葉の意味は分からないまま。 は静かに目を閉じた。 ヨウコソ、……我輩の世界へ。 我輩の報復を受けるまでは絶対に帰しませんヨ。 苦しみなさイ……苦しんで、苦しむのデス |