声が聞こえる


カチカチと、時計の秒針の音だけが
部屋に響き渡り、その空間を支配した。
床には、割れたマグカップにこぼれたコーヒー。
そのコーヒーは、床に広がり
手からすり抜けて落ちた青い軍服に染み込んだ。
「あーあー…何やってんだよ……」
青色に茶色が混ざっていく。
それを見て、エドワードは苦笑いをしながら
軍服を手に取り、床から持ち上げた。
「いや……それより」

今、何と言ったんだ鋼の…。

それよりという言葉から続けようとしたが
ロイの口からは、出ることがなかった。
エドワードが近づいて、ロイの口を人差し指で押さえたからだ。
「二度も言わねーよ……ばーか」
エドワードの淡く消え去りそうな笑みを見て
ロイは、自分の口を抑えていたエドの手をはらい、腕をぐっと掴んだ。
「キミはッ……」
ロイは唇を噛む、今1番泣きたいはずのエドワードが笑い
自分が泣きそうなんて、なんて馬鹿なんだろうと……。
「キミって、気持ち悪いぞ大佐」
「いや……鋼のは…本当に」
掴んだ跡が残るぐらいの強さで握ったエドワードの腕は
そっと離され、ロイはエドワードに背を向けた。

「豆………だな」
「だ……れがぁあー、豆粒ドチビかぁああーーー」

人が真剣に話をしてみれば…なんてブツブツ呟きながら
エドワードは、手をぐっと握り締めワナワナと震わせていた。
「実に馬鹿馬鹿しい…豆も豆、身体も豆なら考え方も豆だと言ったんだ」
ロイはゆっくりとリビングを通り抜け、キッチンへと足を向けた。
エドワードは慌ててその後ろを追いかける。
「てめぇ…1回死んでみるかッ」
ワナワナと震わせた手を、ロイの方に伸ばした時……
ロイがくるっと振り向き、エドワードの両手首をぐっと掴んだ。
「あぁ、鋼のの手で逝けるなら喜んで逝きたいね」
「ちょ…何」
からかってみたり、真剣に向き合ってみたり
大人のする事は、よく分からない。
けれど、ヤケクソになったようなロイの言葉。
言っている本人の目は本気だった。
「いや、だって……時間だし」
「そうだな、でも私が追う事ぐらいはできるさ」
ロイの言葉に、エドワードは目を見開き慌てて視線をそらした。
「アルはどうするんだよ…アンタぐらいしか頼めないしさ」
ロイを視線を合わせないように、ボソリと呟く。
その様子を見ながら、ロイは小さく溜息を吐いて
エドワードの肩に手を伸ばした。
「弟が、兄を追うなんて事を考えた事は?」
「……っ!」
エドワードの肩をぐっと掴み、ロイは自分の方に引き寄せ
ぎゅっと抱きしめた。
「だから、キミは考え方が小さいと言うんだ」
「小さくなんかっ」
ない…と言いかけて、エドワードの口はロイの唇で塞がった。
ぶらんと床に向いていたエドワードの手は
ゆっくりとロイの腕の位置まで上がり、小さく震えながらも
ロイの服をしっかりと掴んだ。
唇が離れ、ロイは肩に置いていた手を、そっと頬に移動させる。
「弟がしっかりしていて、兄を追わなくても……
弟を頼むと頼んだ相手が、キミを追うとは考えないのかね
エドワード・エルリック……」
ロイの手が、頬に触れたとき…エドワードの目から
つーっと、涙が零れ落ちた。
「だって俺、もう消え」
「それは、二度も言わないのではなかったのかね?」
ロイは零れ落ちた涙を、そっと掬い上げ
俯いてしまったエドワードの頭をポンポンと叩いた。
エドワードは、小さな声で呟き続けている。

「アルが追うならまだ分かるけど、でも、でも
アンタが追うなんて……」
バッと顔を上げた時、ロイはまた背を向けていた。
「私が追う答えは、今のキミなら分かると思ったのだがね」

エドワード

背を向けたロイから呟かれた、小さな小さな声。
それに反応して、エドワードは慌てて足を一歩進めた。
「だって、そんな…今になって」

もう一歩。

もう一歩。

「そんなに慌てなくても、すぐ行くから我慢しなさい」
「嫌だ…」

もう少しでロイの背中に届きそうな時。
既に、エドワードの身体は半分、透けて無くなっていた。

「それぐらいも我慢できないのかね、まったく……
子供というのはやっかいなモノだな」
「違う、違う違う違う」




これで、いいのだと思っていた。
アルは元に戻って、大佐からしてみれば
やっかいな子供は消える。
アルは軍に縛られる事もなく
面倒臭いと思うけど、後の事後処理は大佐に任せて
俺は、微笑んで…いけると……

なのにどうして、もう消える事も決まってから
時間がなくなってから、事後報告って形で
ここに来たのに。

どうしよう、まだ……消えたくない








エドワード…おかえりなさい

『母さ……嫌、だ…まだそっちに、行きたくな』








母の手を、初めて叩いた。






「……ド、……ワード…」

あぁ、何故だろう……













アンタの声が聞こえるよ……