溶けるまで
「コーヒー……」 ソファーで本を読み始めた新一は飲み物の名を一言。 色々な事情から共に組織と戦う事になり、同居する事になった者への言葉だ。 これを口にすると、同居ではなく同棲だと意気込んで言葉を放たれるのだが 言葉を受ける度、一緒に住んでいる事には違いないだろうと返す。 「はい、熱いから気をつけて」 キッチンからリビングへ戻ってきた快斗は、マグカップを新一の前に置いた。 いい香りが鼻をくすぐり、本を読みながらマグカップを手にする。 朝起きてからの会話はこれのみ。 快斗からしてみると、本当はもっと沢山話をしたいと思っているのだが 謎と並ぶほど本が好きな新一が、朝から読書体勢に入るのはいつもの事。 一緒に住んでいる以上、いつでも会話は出来るだろうと快斗は小さく笑みを浮かべた。 「うーん、あぁ……もうこんな時間か」 背伸びをして時計を見れば、もう夕方。 朝から飲み始めていたコーヒーは、お昼頃には空になっていた。 確か二度ほど、おかわりが置かれたような気がしたのだが 本に集中していた所為で薄らとした記憶しかない。 「快斗?」 空になったマグカップの横に本を置き、新一は部屋を見回り始める。 いつもと違う雰囲気になっている原因を考え、快斗の姿が見えない事だと気づいた。 キッチンを覗き片付けられた皿を見て、次にお風呂場にも行ってみる。 綺麗に掃除された風呂場で滑りそうになり慌てて壁に手をついた。 「いない……」 もしかしたら、自室に篭ってしまっているのかもしれない。 同居するようになって、空き部屋だった新一の部屋の隣は快斗の部屋に変わった。 新一が本や事件などの謎に集中してしまい、相手をしなくなった時に 快斗は部屋に篭ってマジックの練習をしていたりする事があるのだ。 風呂場から快斗の部屋の前まで辿り着いて、扉を軽くノックした。 少し待ってみたが返事はなく、どこに行ったのだろうかと少し不安になる。 見回った結果、この家の中にはどこにもいないという事が分かった。 それでは、いつ出て行ったのだろうか。 コーヒーのおかわりが置かれていた時には、確かに居たはずなのだ。 快斗の部屋の前で止まり考えていると玄関の扉が開く音がした。 「ただいまー」 足音が聞こえ、新一は慌てて自室へと入り込んだ。 悪い事をしていないのだから逃げるように動く必要はないのだが リビングに居なく快斗の部屋の前に居る事が知られた場合。 快斗がどんな表情をして、どういう言葉を発するのかが想像出来てしまい それをされた場合、とてつもなく恥ずかしいのだ。 「ゴメンね新一、ちょっと買いたい物があったから」 「別に、謝らなくても」 自室から出てリビングに向かうと、丁度良いタイミングで快斗も玄関からリビングへと来ていた。 謝りながらすっと出された物を見て軽く首を傾げる。 「……何だ?」 「チョコレート」 快斗から新一へ手渡されたのは、綺麗にラッピングされたチョコレート。 「あ、安心してね?甘くないチョコレート、俺の愛の結晶」 「何が愛の結晶だバ快斗、手作りって言えばいいだろ」 「いいのいいの」 たまには甘いものも食べないと頭が働かないなどと言われてしまうが 快斗から貰う物で嬉しくない物は今のところないので、良いとしよう。 昨日から準備を始めたらしいのだが、どうもラッピングが気に入らなかったらしく わざわざ、リボンやらなんやらを買いに出掛けたのだとか。 渡してしまえば、すぐに解かれて見られなくなってしまうものなのに 見た目にもこだわりたいのだと言う。 「やっぱり馬鹿だろ」 「IQ400の天才青年を馬鹿とは何ですか!」 「IQ400あっても馬鹿は馬鹿だ」 言い合いが続き、気付けば手に持ったチョコレートが溶けかかっていた。 「ゲッ……」 「暖房の温度上げすぎなんだよ」 部屋の温度と手の温度により、チョコレートはゆっくりと溶け始めている。 どうしようと考えた時には、新一は快斗の腕の中に包まれていた。 「何……」 「別に?ただ、ちょっとね」 快斗は笑みを浮かべて、新一を包み込んだまま首元に顔を埋め始めた。 「ずっとずっと一緒にいよう」 耳元で囁かれる言葉にビクッと反応して、落ち着こうと思いながら言葉を返す。 「……チョコレート、溶けるぞ?」 「うん、溶けるまでずっと」 快斗は目を瞑り、新一の温もりを感じて動かぬまま。 新一は少し呆れながらも、快斗に身を任せていた。 しばらくして、チョコレートの一部が手に広がり溶ける。 新一の手を見た快斗は、手のひらに口付けてチョコレートを舐めとった。 「溶けるまでしか一緒にいないのか?」 「ん?大丈夫、溶けたら冷蔵庫に入れれば元に戻るよ」 元に戻る前に舐めとったのは誰だと思いながら 新一も自分の手のひらを少し舐めチョコレートを味わう。 甘さが控えられた快斗手作りのチョコレートは お店などで買った物よりも美味しくできていた。 溶けきる前に新一の手から冷蔵庫へと移動しなければならないのだが 抱きついたままの快斗は動こうとしない。 「やっぱ、馬鹿だよ」 「うん、馬鹿かも」 新一限定でね。そんな小さな呟きを聞いて、互いに笑みがこぼれた。 ずっとずっと一緒にいよう チョコレートが溶けるまで |