におい
イーノックが天界へと召し上げられてから 教育係の交代制という仕事がアークエンジェル達に任せられた。 その間、ルシフェルは大天使の長の仕事と称してイーノックの傍でごろごろと遊んでいてばかり。 神は口出しをする事もなく、アークエンジェル達も何も言わずに過ごしてたある日の事だ。 ミカエルが教育を担当する日となり イーノックは書類を机の上に置き、羽ペンの準備をする。 準備が終わる頃に扉の開く音が聞こえてきた。 普段はラファエルやウリエルが担当をしてイーノックに天界の事を教え また、ガブリエルの部屋が休息場所となっていた。 今回が初めてとなるミカエルとの話。 何の話をされるのか、書類は何を準備すればいいのか、場所は自室で大丈夫なのだろうか 色々思いながらも姿勢を正して椅子に座る。 「そんなに緊張しなくても」 微笑を浮かべたミカエルから言葉がかけられた。 「す、すみません」 声を聞いたイーノックは、その場で固まったように 背をまっすぐにした状態になり緊張で動けなくなってしまった。 多くの天使の中で、四大天使と呼ばれるアークエンジェル達。 その中でも一番のリーダー的存在だと言われているミカエルから 教育を受ける事ができるのだ。 凄く偉い天使なのだという事をラファエルに話した事があるが ラファエルは微笑みながら、一番偉いのは大天使長なのだと答えていた。 ウリエルに聞いた時は、ミカエルも同じようなものだと笑っていて 現在の状況と同じく、その場で固まってしまったのはいい思い出である。 大天使長と同じようなものという言葉は、イーノックの頭の中にずっと残り続けている。 何せ、神に一番近い存在と言われている大天使長と同じだというのだ。 ここで緊張せずして、どこで緊張するというのか。 部屋の中心まで足を進めたミカエルは、椅子に座っているイーノックの肩を軽く叩いた。 勉強が始まるのかと思い、羽ペンを持ったのだが肩に触れている手が動こうとしない。 「ミカエル様?」 どうしたのだとイーノックが振り向き見ると 何か悩んでいるような表情を見せたミカエルは 羽ペンを持っているイーノックの片手に触れてきた。 「どうか、しましたか?」 「……兄さんの匂いがする」 イーノックの片手は、しっかりと掴まれた状態でミカエルの顔の前にもっていかれる。 慌てだしたイーノックは頬を少し赤らめて、またも動けぬ状態となった。 すっと伸びた人差し指がイーノックの手の甲を撫で、それに反応し微かに震える。 どれぐらい時間が経ったのか……実際ほんの数十秒の事なのだが とても長い時間、動けなかったような気がして イーノックはガタリと椅子を倒して立ち上がった。 「ミ、カエル様……その、兄というのは」 何故ミカエルの兄の匂いがしたのか、分からない状態ではあるが それよりも、ミカエルに兄が居たという事実を知りイーノックは驚いていた。 問いかければ、ミカエルは小さく声を漏らすように笑いながら 「いつも会っているだろう?」 などと言葉を返してきた。会っているとは誰なのだろうと悩みだす。 その場で立ったまま悩み、誰なのかという答えが出ないままでいると 再びイーノックの肩が軽く叩かれた。 ミカエルを待たせたままだったという事を思い出し、慌てて振り向くと 目の前にはミカエルともう一人。 「ルシフェル!」 何かをするわけではないのに、いつもイーノックの部屋に来て ぼーっとして帰っていく事を繰り返していた天使。 ここが居心地が良いなどと言われ、好きなだけ居ればいいと答えてから 頻繁に顔を見せに来ていた彼が何故、ここに居るのか。 ミカエルは片手を額にあてて溜息を吐いており、ルシフェルはイーノックの傍に近づいてきた。 ルシフェルは、先ほどまでミカエルが掴んでいたイーノックの手を掴んで まったく同じように顔の前までもっていく。 「弟の匂いがする……」 「え?」 かけられた言葉に驚き、イーノックは自分の腕に顔を近づけて匂いを嗅いだ。 そんなに、ころころと匂いは変わるものなのだろうか 自分の匂いを嗅いでみたものの、ミカエルの兄と呼ばれる天使の匂いもしなければ ルシフェルの弟と呼ばれる天使の匂いもさっぱりである。 首を傾げて何がどうなっているのか分からないという表情を見せると ルシフェルとミカエル、二人の片手がイーノックの頭に乗せられ ゆっくりと撫で、最後に軽くぽんぽんと叩いて離れていった。 |