天使の遊び -if-
このシリーズで、もしもこんなシーンがあったら。
天界には雲がない。地上から見える雲の上にあるからだ。 雲がないから天気が崩れる事もない、ただし特別な日を除く。 そんな特別な日がやってきた、ある日の出来事。 しばらく行われていなかった評議会が、本日行われるという連絡が入った。 自室に居たルシフェルはマグカップを片手に、目の前でぺたぺた音を立てて歩いている幼きイーノックを見つめている。 「そんなにウロウロしても、変わらないぞ」 「あ、えと…ですけども」 天界に召し上げられた唯一ヒトの子イーノックは、幼き体ながら覚える事をすぐ覚え 何も文句を言う事なく仕事をこなし、微笑みで周りを癒してきた。 話を聞かないという少々問題点はあるものの、今のところ仕事に支障はない。 何故自室にイーノックが居るのか、それは評議会の開催連絡が原因であった。 午後から評議会が行われると連絡が入り、つまらぬと小さな欠伸をしていたルシフェルは 出席者一覧に覚えのある名を見つけて思わず笑ってしまった。 書記官のところにいつも書記を行っている天使の名前。そしてその横にイーノックと書かれていた。 おそらく今後、書記の仕事を任せる為の仕事覚えの参加なのだろう。 そう思っていた時、突然自室の扉が開いた。 ルシフェルを今のところただの天使だと思っているイーノックが 評議会の資料をにぎりしめて部屋に飛び込んできたのだった。 他の天使からは、大天使の部屋に入るなどと言葉が交わされていたが どうやら評議会への参加という事実に慌てだしたイーノックの耳には入っていないようである。 イーノックは、嘘なのではと何度もルシフェルに問い合わせて、部屋の中をウロウロ歩き回り始めた。 「天使が嘘をつくか?」 「…………そうですよね」 ルシフェルの言葉を聞いて更に不安が広がったようだ。 目の前で表情がころころ変わる。慌てて落ち着きが無かったと思えば 突然立ち止まり、頑張ろうと息を荒くする。 その途中で何度も何度も嘘ではないのかと問いかけてきて、言葉を返すとまた不安になって部屋を歩き回る。 「そうだ!ルシフェルは、何の仕事で参加するのですか?」 自分の事ばかり考えていると滅入ってしまうと思ったイーノックは、気になっていたルシフェルに問いかけた。 出席者一覧の一番最初に、ルシフェルと名があったのはチェック済のようだ。 一覧の名にあったからこそ、イーノックはルシフェルの部屋にやってきたのだろうが イーノックの名の所には書記と書いてあるのに対して、ルシフェルの名の所には何も書いていない。 神の代理となって評議会に参加する事が多いルシフェルは、評議会で何か仕事をする訳ではない。 評議会に参加する事そのものが仕事なのだ。 ここでその話をイーノックにしてしまうと、今後部屋に来てくれる事はなくなってしまう。 おそらく名に様付けをされて、距離をおかれてしまうだろう。 なんとか話題を変えれないものかと考えていると、だんだん部屋が暗くなってきた。 「何……?」 どうしたのかと首を傾げたイーノックは窓まで歩き外を見渡した。 まだ夜になるには早い、どちらかというと昼間なのに何故暗くなってきているのか。 外を見たイーノックは驚き固まって、口をぽかんと開けていた。 「どうした?」 イーノックの側に行き同じく窓の外を見ると、ふわふわと浮いている雲が沢山視界に入る。 天界では見る事がなかなかできない景色だ。 天使の羽を沢山あつめたかのように白く大きい雲。 「あぁ……アイツか」 「アイツ?」 ルシフェルの口から出た言葉に反応し、イーノックは窓に手をついたまま振り返りルシフェルを見た。 教えてほしいと目が輝いて見え、そんなに興味がある事なのだろうかと少し疑問に思う。 イーノックの考えている事は、よく分からない。しかし気になってしかたないのならば教えようと 振り向いたイーノックの頭を撫でて声を出した。 「出席者一覧に書いてあったマルティエル、アイツは雨の天使だ。おそらく出席する為、地上から戻ってきたのだろう」 「雨の……」 力を使わなければ天界に雲が現れる事はないのだが、何を思って力を使っているのか。 溜息を吐いたルシフェルは、ふと何かを思いつき指を鳴らした。 パチンという音を聞いてイーノックは振り返る。しかし、先程までいたルシフェルの姿が見えない。 どこに消えてしまったのかと部屋をウロウロ歩き回り見渡すが見つからない。 数分後。見渡してもいなかったルシフェルが急に姿を見せた。 「ルシフェル!!」 イーノックは見つけたルシフェルに近づいて服の裾をぎゅっと掴んだ。 居なくても何か困る事があるわけではないのだが、突然消えてしまうのはイーノックにとっては問題のようだ。 もう居なくならないと言っても服を掴んだまま放さない。 「仕方ないな」 何を言っても放さないので、服を掴ませたままイーノックを抱き上げて片腕の上に座らせる。 急に視線の位置が変わり、驚いている様子が見れた。 イーノックの頭を撫で落ち着かせた後、ルシフェルは部屋を歩き出し窓の側まで移動する。 腕に座らせた事により宙をぶらぶらさせる事になった素足。 ルシフェルは、もう片方の手に持っていた履き物をそっと履かせて窓のふちに座らせた。 「ルシフェル?」 足に触れる何か。履き物なのだろうが、イーノックはこの履き物を見たことがない。 薄桃色をしていて足首まですっぽり隠れてしまう履き物。 「それは、長靴といって……」 履き物の説明が言葉にされたが、イーノックは長靴と呼ばれる履き物をじっと見たまま。 足を少し動かすと小さな音が聞こえてくる。長靴の大きさが少し大きいようで隙間があるのが音の原因だ。 かぽかぽと音を立てる。その音が面白いのかクスクス笑い出したイーノックは 履き物の説明の最後だけを聞き取り、ルシフェルに尋ねた。 「濡れない?」 「あぁ、それなら水溜りの中を歩いても濡れない」 眩しいぐらいの笑顔を見せたイーノックは、ルシフェルから長靴だけでなく 子供用のビニール傘も受け取り、窓から外へ飛び出した。 イーノックが飛び出したタイミングで雨が降る。 強くない小雨。すぐに止んでしまうだろうがイーノックが遊ぶには丁度いい。 「なんだ、ザフキエルか……マルティエルと喧嘩でもしたか?」 部屋に一人の天使がやってきて、ルシフェルに頭を下げた。 にわか雨の天使ザフキエル、雨の天使マルティエル。二人が揃えばさすがの天界でも雨が降るだろう。 「喧嘩ではないですよ、ちょっと遊んでいただけです」 天使の遊びとは色々厄介なもので、下手に遊ばれても困るのだが こういう遊びならば良いかもしれない。 外でビニール傘をくるくる回しながら遊んでいるイーノックを見て、ルシフェルは小さく微笑んだ。 |