神の消失


顔を合わせると戦いの話になり、装備の話になる。
これで私は戦える。そう声に出して手を振り背を向ける。
いつも、いつもいつもいつも……顔を見る事が出来るのは数秒で
去り行く背中しか見つめる事ができない。
戦いに手を出すことは簡単だが、それを神は許さないのが分かっているので手は出せない。
神はイーノックに何をさせたいのだろうか……。
そして同時に、自分に何を望んでいるのだろうか。

生まれた時から、時空を移動できる力を持っていた。
時折、神は忘れないようにと言葉に出してルシフェルに伝える。
『無限の力などない』
天使に寿命はないが消滅はある。消滅さえしなければ半永久的に生き続けるが
消滅してしまえば、ヒトの子のように生まれ変わるなんて事は出来ない。
天使の消滅は、本当の意味で消えるという事だ。
ルシフェルの力をもってすれば、己の消滅を防ぐ事はできるのではないか。
そう考えた時もあったが、それを考える度に神に声をかけられる。
永久的に使える力などないのだと、どこかで力尽きて終わってしまうのだと。
ルシフェルが今、イーノックの時間を戻す事ができているのは
今まであまり力を使わず、蓄えてきた結果だという。
ならばこのままイーノックが戦い続けると、どうなる?
「何がしたいんだ……」
放たれた言葉を誰も拾うことはない。


神は全てを生み、見守る事は出来ても、手を出すことは出来ない。
その代わりに天使たちがいるのだと言われている。
下級天使から大天使と呼ばれる上級天使まで、必ず役目があり生まれてくる。
その命は半永久的に続き、まるで未来で見た機械のように毎日、毎日同じ事を繰り返す。
いつ見ても同じ、どこを見渡しても変わらぬ日常。
そこに現れたのが、召し上げられたヒトの子イーノックだ。
召し上げられた当時、イーノックは天使たちにずっと話しかけ続けていた。
最初は応えもしなかった天使がやがて声を出し、豊かな表情を見せるようになる。
次にその天使たちの周りに別の天使が集まり、日常は突然華やかになった。
イーノックは、下級や上級といった位など関係なく
どの天使にも同じように接し、微笑みを絶やすことはなかった。
彼から笑みが消えたのは、評議会の大洪水の話の時だけ。
イーノックの平等な対応は、神に対しても同じ事だ。
自分がいけないと思った事を素直に口に出す。神はそれをとても気に入っていた。
同時に現実を見つめるべきだとも思っていたようだ。
だから、この役目を与えたのだろうか。悩めど悩めど答えは出てこない。

イーノックが地上から戻る。傷つきひび割れた装備が戦いを物語っていた。
時間を戻そうと指を重ねたところでイーノックに両手を掴まれる。
「どうした?」
いつもと違う様子に、どうしたのかとイーノックの顔を覗きこんだ。
イーノックは顔を青くしながら、やめてくれと一言呟く。
堕天使たちから何かを聞いたのか、ルシフェルの手を掴むイーノックは微かに震えていた。
「イーノック?」
「無限の、力などない……私は死んでも生まれ変われて、でも貴方はっ」
息を吸う暇もなく勢いで放たれた言葉には、いつもの明るさなどない。
ふと神のやりたい事が分かった気がした。
おそらくイーノックは戦いをやめない。ルシフェルの力の底に気づいても
この戦いだけはやめれないだろう。
だが、この戦いで気づくものは沢山ある。
「神が言っていた事を伝えようか……」
そんな言葉などない。しかしルシフェルは言葉を繋いだ。
イーノックは手を掴んだまま、じっとこちらを見つめてくる。

イーノックがこの先何をするのか。
そしてルシフェルが、今から何をするのか。
神はそこまで考えてイーノックを召し上げ、ルシフェルをサポートにつけたのか。
答えなどない、神のみぞ知る事だ。

「そろそろ旅も終わる、私のサポートもここまでだ」
「何を、言い……」
大洪水など最初からするつもりはなかったのだろう。
イーノックにこの現実を知らせる為にしたのだろう。
ルシフェルが考え思った答えはそれだった。
「『無限の力などない』それは、天使は天使であり神ではないからだよイーノック」
イーノックの目の前でルシフェルが大きく羽を広げた。
羽が舞い散り、イーノックの世界は白く染まる。
「神になれば、無限など超えることができる。いいか?イーノック、ヒトの子は生まれ変われるんだ」
「何を言ってるんだ、ルシフェル……」
神が伝えたかったのは、きっとこの事。
そして同時に、ルシフェルにこうしてほしかったのだと
「ヒトの子は生まれ変われる、そう……神にでも」
この言葉にイーノックは驚き目を見開いた。
戦いが終わる頃には、もうルシフェルの力は底を突くだろう。
最悪の場合、戦いが終わる前に消滅してしまうかもしれない。
ならばこうしてしまえばいい、ルシフェルが決めたことは一つ。
「イーノック、私はいつも側にいる」
「ルシッ……」


消滅する前にイーノックに全て与えればいい。
元々、肉体はない存在だ。力を渡すこともできる。
この先の未来など簡単に想像できた。
力を得たイーノックは堕天使を全て捕縛。
自分の消滅で叶わぬ願いもあるのだと考えさせた状態で
神はイーノックを神へと召し上げる。
旅が終わる頃には力尽きる気に入りの大天使を、気に入りの器に入れて
その器は意思を持ち、考える力を得て、天界全てを任される。
神は神を召し上げ、ただただ気に入りを側に置きたかった。
洪水とは神が神の座から降りる事をいうのか、それとも……
「私を、消滅などさせたくなかったというか……」
どちらにしても“今の”イーノックには辛い選択だ。

泣き顔が見える。いつも見ている背中ではない。ちゃんと目を見ていられる。
ほら、いつもの言葉はどうした?
姿は消えてしまうが、私が消滅するわけではないのに。
そんなに悲しまずともいい。
君が神となった時、器を与えてくれればまた逢える。
次に逢う時は大天使でなくていい、普通の天使でいいさ。
あぁ、でもそれでは神となった君に話しかけれないな


そうだ、イーノック、君が召し上げられた時と同じように

君から話しかけてくれ