果実遊び


天界にある赤い果物をヒトは食べる事ができない。
いや、食べる事はできるのだがヒトの口に合わないといった方が正しい。
自分が食べる事ができないと分かっているのに、天界に唯一いるヒトの子は
熟す頃に少しだけ果実を集め始める、その理由を知っているのは1人だけだ。

イーノックが天界に上がって最初の頃。
天界の実が食べれない事を知らず、実を籠に入れて部屋に持ち帰った。
実を取っている時、周りにいた天使たちは声を潜めながら笑っていたが
何を笑っているのかはイーノックには分からずにいた。
笑っている理由は、実を口に入れた事で分かったのだが
できる事ならば、口に入れる前に教えてほしかったものだと溜息を吐く。
実を食べてから数時間、最初に口にした時に出た涙はおさまったものの
イーノックの舌はヒリヒリと麻痺を残したままで、口の中の違和感は継続していた。
せめて少しでも違和感をなくしたいと水を飲んだりもしたが変わる事はない。
どうしようと考え同時に、食べるのではなかったと少し後悔をした。
机にうつ伏せになって唸っていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
「イーノック?」
イーノックが返事をする前に扉は開き、ノックをした人物が部屋に入ってきた。
声をかけられ顔を上げたイーノックの視界に入ったのは、最近よく部屋に訪れるルシフェルの姿。
「なんだ、疲れているのか?」
机にうつ伏せになっていた様子を見たルシフェルの言葉に、イーノックは首を左右に振る。
声を出して話をしたいのだが、口の中の違和感が邪魔をしている。
折角来てくれたルシフェルには申し訳ないが、このまま喋らないで伝わるのであれば
喋らないままで終えたいところだ。

いつもならば声をかければ返事は返ってくるし会話もする。
しかし今回いつまで経っても、イーノックは声を出すことはなかった。
どうしたのだろうとルシフェルはイーノックを見つめて部屋を見渡す。
部屋を見渡し始めた様子を見て首を傾げたイーノックは、自分が喋らない原因を探していると気づき
慌てて机の下にあった果物籠を足でそっと奥に押し込めた。
その動きをルシフェルが見逃すはずがないのだが
イーノックはそんな事には気づかず、籠を押し込めた事で安心した表情を見せていた。
「今日は天使たちがしていた話を持ってきたんだ……」
ホッとしたのも束の間、ルシフェルは話をしながらイーノックの側までやってくる。
触れれるほど側までやってくると、体をこちらに向けたイーノックの両手首を掴み
痛まない程度に引っ張り、椅子から立ち上げた。
「なっ……」
「喋らないのではなかったのか?」
何をすると言いかけたところで、ルシフェルの言葉が重なった。
どうやらこの状況を楽しんでいるようで、手首を掴んだまま笑みを浮かべている。
ルシフェルは両手首を片手で掴み替え、イーノックの頭の上まで持っていき
「邪魔だな」
そう言いながら、立ち上がった事で倒れた椅子を蹴り飛ばした。
蹴られた椅子は押し込められた果物籠を巻き込んで転がっていく。
巻き込まれた果物籠は傾き、中に入っていた赤い実は床に転がり散らばった。
転がる椅子を見たイーノックの視界に赤い実が入る。
拾って隠したいと思うが両手はルシフェルの片手に押さえられて身動きがとれない。
「そうそう、話の続きだな……今日は珍しい事があったそうだ」
動きたいというイーノックの意思は伝わっているはずなのだが
それを無視したルシフェルは、イーノックを机に凭れさせ話を続ける。
両手首は頭の上に、体は机に押さえつけられてしまい
完全に身動きがとれなくなってしまった。
「天使が好む果実を、ヒトの子が数個……持って行ったらしい」
「ルシフェ……」
ルシフェルは冷や汗をかいたイーノックの首筋に顔を埋め口付け
きつく吸い、跡を残して耳元で再び囁く。
「天使たちは笑いながらも止めたそうだが、ヒトの子は話を聞かなかったらしい」
耳元に息が吹きかかり、顔を赤らめた。
ルシフェルは話を続けながら、耳に息を吹きかけたり軽く噛んだりして遊んでいる。
その遊びにビクッと反応してぷるぷる震え、声を出して止めようとしたが
それよりも前に、ルシフェルの空いている方の人差し指がイーノックの唇を押さえた。
「本当に、お前は話を聞かないな……イーノック」
今、話を聞いてくれないのは貴方の方だと心の中で呟いたが
いくら心の中で呟いても通じる事はない。
何を思ってもルシフェルの行動が止まる事はないと思い、人差し指で押さえられた口を開こうとした。
開いたまではよかったのだが、残念ながらそれを許してくれるわけもなく
押さえていた人差し指が、開いた口へと入っていく。
「ん……ぅ…」
「なんだ、喋らないのではなくて喋れないのか」
人差し指で唾液を掬ったり舌に絡めたり
わざと音を立てて、ゆっくりと動かしていく。
音に耐え切れなくなり、目を瞑ったイーノックの口からは唾液が零れ落ち
それはルシフェルの指を伝いイーノックのローブに染みをつくった。
「ヒトが食べると舌が麻痺して大変だそうだ、そうなっても食べたかったとは……美味しかったのだろう、赤い果実」
人差し指が口から離れたが、息をつく暇もなくルシフェルに口付け塞がれた。
舌を絡められ、静かな部屋に小さな音が響き渡る。

どれくらい経ったのだろうか、おそらくほんの数秒の事なのだろうが
唇が離れ、両手首も自由になっていた。
「また持ってくるといい、治すぐらいはしてやろう」
イーノックが息を整えている間に、ルシフェルは部屋から出て行ってしまった。
力が抜けたようにその場にずるずると座り込み、イーノックは転がっている赤い実を手に取った。
ぼーっと実を見つめて、ふと口の中の違和感や舌の麻痺が治っている事に気づく。
ルシフェルが部屋を出て行く前に言った一言が頭を過ぎり
イーノックは頬を染めながらローブに顔を埋めた。