伝えていない言葉


「貴方の瞳はとても綺麗だ」
ある日、イーノックが目を輝かせながら言った一言。
急に何を言い出すかと思えば、ルシフェルの赤い瞳の事だった。
どこが綺麗なのかと問えば全てと返事が聞こえる。
それに対し、曖昧な答えだとルシフェルは笑った。

同じような褒め言葉を人間に言ったとすれば、答えはどう返ってくるだろう。
きっとどこが綺麗なのか具体的な事を言われないと
信じる事もせず、嘘だと言う者も出てくるかもしれない
それに、褒め言葉を素直に受け取る人は少ない。
イーノックも人間だ。
間違いなく、ヒトの子だ。
ルシフェルが同じような言葉をイーノックにかければ
きっと、受け取る事はせず否定する言葉が重ねられるだろう。


ヒトの子とは不思議なものだ。
他者に褒めるなり否定なり口にするが、同じような事を口にされると
そんな事ないと否定的になる事が多々見られる。
決してそれが全てではないのだが、ルシフェルが見てきたヒトの子は
どちらかといわれると、そういう人物が多かった。

綺麗だと言われ、どこがと問い、全てと答えを聞く。
歪みも亀裂も何もない、真っ直ぐな言葉。
そんな言葉を出せるのは、ヒトの子だからなのだろうか
「いや、ヒトの子は関係ないか……」
「ん?」
思っていた事を口に出してしまい
何を言ったのかとイーノックに見つめられる。
だが、ルシフェルは何を思ったのかを伝える事はしなかった。
嘘偽りなく、真っ直ぐな言葉を放てるのは決してヒトの子だからという訳ではない。

イーノックだからだ。

思った事を伝えてしまうと、きっと煌びやかな宝石よりも輝いた顔をして笑うだろう。
凄く嬉しそうに、幸せそうに笑うだろう。
それが、ほんの少しだけ癪に障る。
だから伝える事はしない。
イーノックが悪い訳ではない、むしろ微笑みは何にも代え難いものがある。
微笑みを見たいがしかし、よりによって話題が瞳の事だ。
ルシフェルは、己の赤い瞳をあまり好いていない。
自分の好いていない事で、微笑んでもらうよりも
どうせ同じく笑むのならばと思う事があるのだろう。
「綺麗か……イーノック、君の瞳の方がよっぽど」
ルシフェルが片手をイーノックの肩に置きながら話しかける。
言われた言葉を理解するのに少し時間がかかったのだろうか
イーノックは、瞬きを数回しながらルシフェルの目をじっと見つめ微笑んだ。
「大丈夫だ、ルシフェル……堕天使は捕縛する、貴方も守る」
ぐっと拳をつくり、笑みを浮かべたまま決意を語る。
人の話を聞かないと常に思っていたが、本当に聞かないものだと苦笑しつつ
肩からそっと手を離した。
「貴方には助けられてばかりだ、だから……」
「サポートはするさ、神の言葉は絶対だからね」
イーノックの言葉を遮る形でルシフェルの言葉が放たれた。
続きを聞いてくれないのかと、少し悲しそうな顔を見せたが
肩から手を離した後には背を向けてしまい、その表情が伝わる事はなかった。

「そう、神の言葉は絶対だ」

小さく呟いたルシフェルの言葉は、イーノックには届かない。
『堕天使たちの魂を人間界から回収せよ』
イーノックが受けた言葉は、この一言だ。
それ以外の言葉に意味はない。
例え神が伝えたい事があったとしても、全てサポート役に選ばれたルシフェルが伝えていた。
嘆願は聞き入れられたという事も、条件があるという事も
神の言葉は、ほぼルシフェルを通して伝わっていた。
「早く次へ行こう!ルシフェル」
名を呼ばれ、イーノックの装備を変えた。

「守る」

一言だけ言葉を放ち、地上へと姿を消した。
ルシフェルがいる空間に静かな時間が流れる。
「堕天使を捕縛し、私を守る……か」
誰も居ない空間にルシフェルの声だけが響く。
その声はイーノックと話をしていた時と違うトーン


イーノックに伝えていない一言がある。
神が言った言葉の一部だ。

堕天使たち“全て”の魂を捕縛せよ

「お前に私を守る事はできないよ、イーノック」

ルシフェルは、イーノックの後を追い地上へと降りた。