伸ばした手
辿り着いた町は、とても冷たい感触が漂っていて 少なくとも、人の生きている温かみが感じられない状態であった。 「やな感じ……」 の小さな声が風に流れる。 神田とアレンの後に続き、後ろから見た町の風景に一言放ち。 はこの空気に、ゆっくりとイライラし始めていた。 目の前では、神田の言葉が紡がれてアレンが嫌そうな顔をしている。 犠牲だとか見殺しとか、そういう問題の話ではないだろうに 神田の言葉が、アレンの心を少なからず揺さぶっている事に 神田は気づいているのだろうかと、はその場で小さな溜息をついて 2人の背中を己の背に向けるよう、後ろを向いた。 会話が終わって、ほんの少しだけ静かな時間が流れた。 その時間は、神田とアレンの背中の方から少しだけ輝いた光が見えた事で終了する。 その光は、イノセンス発動時の光だ。 「おい……」 神田が振り向き、声をかけてきた。 それに合わせてアレンも振り向き、を視界にいれる。 アレンの視界に入ったは、左肩が淡い光りに包まれて 光で出来た弓が現れていた。 「おいじゃないだろ…神田」 いつも面倒臭がっていて、やる気のないが真剣な声を出すのは 珍しい事なのだろう……。 まだ付き合いが浅いアレンが驚いていて、尚且つ付き合いが長いはずの 神田ですら、一瞬だけ驚いた表情を見せていた。 「何を……」 「何じゃない……アレン、気づかないのか…お前ら馬鹿か」 その言葉に、場の空気が変わる。 神田が六幻を取り出しかけたところで、アレンの左目が反応した。 AKUMAの大群が少し遠くの方に見え、それと同時に背後で爆発音が聞こえてきた。 おそらく、今回の目的のイノセンスの関係者が襲われているのだろうと考える。 手を出さないと決めた以上、背後の街中に向かわせるのは2人が適切。 遠くからやってくるAKUMAの大群は、自分が片付けた方がいいだろう。 ペロリと舌で唇を舐め、は不敵な笑みを浮かべた。 「神田、アレン……行けよ、こっちは片付けておいてやるよ」 が言い終わる前に、神田が街中へとダイブした。 それを追おうとして、一瞬だけ止まるアレンを気配で感じる。 「すぐ……来てくださいよ」 おそらく本当に来て欲しいのではなくて、心配だから言った言葉だろう。 すぐに来れるという事は、もうすぐやってくるAKUMAを倒して来れるという事だ。 「誰が行くか、俺は手は出さん」 アレンは、声を聞いてすぐに神田の後を追った。 AKUMAにやられるつもりはないが、すぐにそちらに行くつもりもない。 そう言ったのに、何満足そうな顔を……。 付き合っていられるかと、心の中で思った事は表に舌打ちとなって出てきた。 もちろん、それを聞いている者は誰一人ココにいないのだが。 これ以上面倒臭い事になる前に、そう思いながらは己のイノセンスに集中を始めたのだった。 結構な時間が経った。 目の前には、AKUMAの残骸が山になっていて気持ちが悪い。 救済とは言うが、コレが人だったモノならば、ただの人殺しにも思えてくる。 そう思ってしまうのは仕方ないと言えば仕方ない。 例え倒したモノが、世間一般で言う化け物だとしても コレが“人だった”というならば、考え方は違ってくる。 それは、が元々居た世界の考え方が、限りなく平和主義だからだと言える。 目の前の残骸をぐしゃりと踏みながら前に進み アレンと神田が向かった街が見えた所で、イノセンスの発動を止めた。 「さてと、俺のティムちゃん……無事なんだろうな」 誰よりも何よりも心配なのは、ティムキャンピーのみだと口にしながら 街に向かってダイビングした。 向かった先で、小さな手に血のついたティムキャンピーが AKUMAにぐしゃぐしゃにされているのを見た。 「いやいやいや、俺……手、出さないって決めたし」 その手についた血は誰のですか、君のじゃないよね、君のじゃないよねティムちゃん 震える片手を、もう片方の手で押さえながら じっと様子を見るは、自分が決めた事を何度も口にしながら 既に、アレンや神田の事は頭にない状態。 「出さないって決め…」 『見つけた、エクソシスト…』 言い聞かせる言葉を、最後まで言わせてもらう訳にはいかなかった。 見ていた方向…の視線の先に、先ほど踏み潰した残骸と同じ形のモノが現れたのだ。 とても処理がめんどく…いや、とても邪魔だと……。 「いや、もう勘弁してくれないかな……俺、徹夜明けなんだよね」 アレンや神田はどうした、俺のティムちゃんがピンチだろ ついでに俺もピンチだろ? そろそろ、頑張ってくれないかな猫と犬……。 ぼそぼそ呟いている間に、AKUMAは仲間を呼び増えていく。 「増殖は嫌いだ、気持ち悪い」 左肩が淡く光る、先ほどよりも薄く…淡く。 「知ってるか、ここ最近じゃ……処理にだって費用かかるんだからな」 それはゴミの話。 歌が聞こえてきた。 「クソ、タダ働きだ……」 実際、黒の教団というだけで待遇もよく豪華な生活をしてるのだが にとって、それはそれ、これはこれという考えがある。 処理の費用どうしてくれる、と愚痴ばかりがこぼれる中で 聞こえてた歌声にその場で止まる。 しばらくして、歌声に続く爆発音、戦闘の音。 はゆっくりと音のする方へと歩き出した。 小さな音は近づくにつれ大きくなり、そして時間が経つにつれても大きくなる。 それほどの戦闘を行っているのか、果たしてイノセンスやアレンや神田は無事なのか……。 今まで襲ってきたAKUMAの姿は、が倒してからみなくなった。 「大きな穴だなコレ……」 今までで一番大きな爆発音を聞き、その原因となった場所まで辿り着いたは 街の真ん中に開いた大きな穴を覗き込んだ。 覗き込んだ先に、何やら黒いモノが2つ見える。 「よっと」 何か見た事がある黒いモノ、多分きっとおそらく……。 一瞬だけ考えて、でも考える時間も勿体無いと思い、すぐに穴の中へ飛び込む。 穴の中、地面は砂だった。 着地のバランスが崩れて転びそうにはなったが、足へのダメージは少なくてすんだ。 目の前に黒いモノが2つ、更にそこに何か小さい物が落ちてきた。 それは、2つの黒いモノの内の1つの近くに落ちる。 「生きてて……ください」 その黒いモノから、掠れた声が放たれた。 あぁ……何か見た事があると思えば……団服じゃないか。 「アレン…?」 「もう一度、ララに……」 目の前に、ティムキャンピーが居るのに、の視界には 何故かアレンしか入らなかった。 意識が朦朧とする中、それでも伸ばす手。 その先には、自分達が求めていたイノセンスがある。 でも、アレンの伸ばした手はイノセンスを手に入れるという形ではなかった。 “求める”という形をしていなくて。 本当に心の底から、“与える”という想いを持って手を伸ばしているのだ。 「……お前が嫌いだっての、少しだけ訂正するよ……どうする?」 少しだけな。 苦笑いしながら声をかけると、アレンがかろうじて反応した。 「ララに……」 その言葉を残し、意識を飛ばす。 ララと言われても、まったくもって分からないのだが……。 落ちているイノセンスを手に取り、アレンや神田よりも 少し離れた所にいる2つの塊に向かう。 ティムキャンピーが、2つの塊の内の1つに向かって指を差していた。 「ありがと、ティムちゃん」 ティムキャンピーに微笑んで、はイノセンスを指差された片方へと与える。 『人間様…歌はイかが……?』 与えた塊は、人形として動き出した。 ボロボロになっている人形は、ギシギシと音を立て それでも、動き歌を唄うと……。 「ティムちゃん、この2人を病院へ運ぶから ココで待っててくれるか?」 ティムキャンピーは小さな手を振り答える。 その答えに微笑んだは、イノセンスを与えた人形と 人形が歌うと伝える1人の人間を任せ アレン、神田の2人を肩に担いでその場を離れた。 「ララ、大好きだよ」 『眠るのデすか?じゃあ子守唄を』 1人の人間の最期の言葉と、人形の小さな子守唄を背に受けながら……。 |